君が君を待つように

それは、すとんと胸の中に落ちてきたのだ。

「ベルゼブブさん、こんにちは」
そう言って、にこりと笑んだ彼女を見て

あぁ、悪くないな。

とそう思ったのだ。こんな風な笑顔を向けて、自分の名を呼んでくれるのならば、例え、忙しくたって呼ばれても構わない、と。自分の中での最上級の好意だろう。それに気がついた瞬間に、思わず愕然とした。好意?この感情は、好意というのだろうか。そうだというのならば、私はこの人間のことが好きだということになるのだ。魔界のプリンスとも呼ばれる、このベルゼブブ優一が、たかだか人間の女の事が、好き、だと?
「ベルゼブブさん?」
不思議そうな声色にはっとする。慌てて意識を戻し、心の底から迷惑そうな顔をつくってみせた。そう、作らなければそんな顔などはできようもない。畜生、なんてこった。
「何の用ですか」
「カレーを作りすぎてしまったんです」
そういって照れたように笑った佐隈さんに、ベルゼブブは溜息をついた。そんなことで悪魔を呼びだすだなんて、そんな人間、見たことがない。
「あと、一緒に掃除を手伝ってください。どうにも一人じゃやる気になれなくて」
「何故、この私が、」
「お願いします」
そういって、手を合わせて懇願した佐隈さんに私はどうすればいいのかがわからなくなった。これは、契約。だからこそ私が佐隈さんの命令を聞くのは当たり前の話で、けれど彼女は一度だって命令という言葉は使わないのだ。あぁ、全く。本当に、嫌になる。いつのまに、こんなにも自分の中での彼女の存在が大きくなってしまったんだろう。途方に暮れた私に、そんなこと考えもつかない佐隈さんが笑顔を浮かべている。


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