「小日向さんは、初恋を覚えている?」
「・・・・・・は?」
天音学園の最上階、本来であるならば部外者は立ち入り禁止の場所である薔薇園で紅茶のカップに口をつけようとした所でそんなことを問われてかなではぽかんとしてその問いかけを口にした恋人を見た。

まるで朝露のように、気がついたら消えてしまいそうだ。
と、いうのが小日向かなでが持つ天宮静という人の感想である。その感想はいわゆる恋人という関係のその人に持つのはどうなんだろうと思わないでもないのだけれど。いやでも、あながち間違いではないような気もするし。どこか浮き世離れしたような性格に容姿もあいまっているのではないだろうか。時折、かなで自身も本当にこの人は生きているのだろうかと思うことがある。新ではないが、実は宇宙人だとか天使だとか妖精だったとしても「あ、そうなんだ、納得」で終わらせてしまいそうだ。

「小日向さん?」
「あ、いえ。あまりに唐突だったもので。初恋ですか」
恋人の前で初恋について語るというのはどうなんだろう、というかなでの疑問はきっと今更なのだろう。なにせ、天宮は謎は謎のままよりも、疑問をもったら解決したいという種類の人間だ。
「僕が恋の実験をしようと言った時に、キミに恋をしたことがあるか聞いただろう?その時にきみは【ある】と答えた」
「よく覚えてますね・・・」
「勿論、キミとのことなら」
さらりと口説き文句を混ぜてくるのは昔から変わらない、とかなでは肩をすくめた。
「7年前ですよ」
「へえ」
興味をひかれたのか、天宮は目を細めてかなでの話の続きを促した。かなでもこれは詳しく話すまで逃げられそうにもないと腹をくくる。勿論、隠す所は隠すが。
「ヴァイオリンのコンクールがありまして、そこでヴァイオリンの弦が切れてしまったんです。それで泣いていたらある男の子が声をかけてくれて」

――――――何を泣いているんだ

ヴァイオリンの弦が切れた?予備は持ってきていないのか?

コンクールだっていうのに、とそう言いながら金色の弦をくれた男の子。かなではその男の子に恋をしたのだ。その子のために、かなではそのコンクールで弾いた。

「最も、すぐに失恋してしまいましたけれど」

むしろ失恋どころか一生憎み続けてやるとまで言われたのだから、ある意味では他の人たちよりも強烈な初恋だったような気もするが。この夏に再会した初恋の相手はあいもかわらずかなでを憎み続けているようだし、今から思えばあの一件があったせいでコンクールなどで弾くということが怖くなったのではないかとかなでは思っている。初恋は実らない、なんてよく言われるけれどこんなに酷くなくてもいいんじゃないかとかなではため息を吐いた。

「意外だな」
「え?」
「てっきり、キミの幼馴染みが初恋の相手かと思っていたから」
「響也と律くんですか?」
幼馴染みを思い出す。どちらかといえば恋だとかよりも家族という印象が強い。けれど、小説なんかでは幼馴染みと恋に落ちるなんていうのはセオリーではあるのだろうか。
「それにしても」
天宮の視線がかなでを通り越した、何かがあるのだろうかとかなでは首を傾げ、次の天宮の台詞に固まった。
「何でそこで突っ立っているんだい、冥加」
「え」
思わずかなでも固まる。おそるおそる後ろを振り返ればそこには天宮がいったように冥加が立っていた。
「・・・・・・。その、今の話、聞いていました?」
「―――――いや」
「でも、最初からいたよね」
「天宮さん!」
「何を焦っているんだい、小日向さん。まるでその初恋の相手が冥加だったみたいじゃないか」
「わぁああああ!」
天宮の言葉にかなでは思わず立ち上がった。それからまるでこんな態度をとれば天宮の言葉が正解だといわんばかりではないか、と思ってからもう後悔しても遅いかと遠い目をする。お前って本当に隠し事とかヘタだよな、という響也の呆れた声が聞こえたような気がした。
「・・・・・・天宮さんって意地悪ですよね」
テーブルに肘をついてこちらを観察する天宮にかなでは半眼になる。
「そう?」
「―――どうでもいいが、天宮。あまり部外者を天音にいれるな」
「あぁ、悪いね。今後は気をつけるよ」
たいして注意も聞いていないだろう、という態度だがいつものことなのか冥加はため息をひとつ吐くと屋上庭園から去って行った。その姿を見送り、見えなくなったところでかなでは天宮をにらむ。
「天宮さん、大人気ないです」
「君が隠し事をするからだろう?それにしても、冥加も妙なところでタイミングが良いというか」
くすくすと唇に指をあてて笑う天宮にかなでは、違和感を感じた。なんとなく、可笑しい。
「あ、天宮さん?」
「うん?」
天宮はいつも通りに見えるが、まるで、どこか、
「あの、もしかして、もしかしなくても何か怒っていたり・・・?」
「あぁ、気がついたんだ?」
妙に笑顔にすごみがあるような気がしたのは間違いではなかったようだ。
「いや、僕の初恋は君なのに、君は違うんだなあと思ったら・・・ねえ?」
「いやいやいや!話降ってきたの天宮さんですよ!」
「しかもその相手が冥加、よりにもよって冥加か」
「なんですか、その理論は!」
「え、これからどうやって嫌がらせしようかなって」
にっこり、という効果音が見えそうなくらいに綺麗な笑顔でなんていうことをいうのだろう、この人は!
「待ってください、ただでさえ冥加さん苦労性なのに!抱え込むのにこれ以上かわいそうですっ!」
「あはは、恋人より他の男を庇うなんて浮気かい、小日向さん」
悲しいな、なんて到底心にもないようなことをよくもまあぬけぬけというものだとかなでは感心しそうになってから我に返った。いややっぱりなんとかしないと駄目だ。そんなかなでの心を挫いたのはするりとかなでの頬を撫でた天宮の
「なら、君に意地悪をしても仕方がないよね?」
という台詞だ。いやいや、仕方なくないですから!と思いながらも、結局意地悪されたって頬を膨らまして文句を言って、けれど結局赦してしまうんだから恋は盲目とは本当に恐ろしいとかなではため息を吐いた。



おねだり上手の愉快犯
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