―――――喰われる。
そっと己の体の線をなぞるように動く手を感じた瞬間。自分を庇護してくれたのはいつもこの手だったはずなのに、何故か千鶴はそう思った。彼にならば喰われても殺されてもいいじゃないかと頭では思っているはずだというのに、本能はどうにも違うらしい。ほんの少しだけ逃げ腰になっている千鶴を見て、斎藤は安心させるように微笑を浮かべた。その笑みすら怖い、といったらこのひとは悲しむだろうか。
「千鶴」
己の名前を呼ぶ声はいつもと同じでとても優しくて、ほんのすこし甘い響きだというのにどこか底知れない熱を孕んでいてそれが恐ろしくてたまらない。それを悟られないように小さく息をつけば、部屋の中だというのに息が白くなった。斗南の冬が寒いからといって、火鉢などで暖をとっている部屋がこんなことになるわけがない。そう考えると火鉢の火が消えてしまったのだろうか。褥から起き上がり、確かめようとした千鶴を再び布団へと押し戻したのは斎藤だ。
「どうした?」
「……火鉢の火がきれたかもしれないと思って」
「そうか」
千鶴の言葉に納得したように斎藤は頷いたけれど、一向に千鶴の上からどこうとしないというのはどういうことだろうか。おずおずと彼の名前を呼べば、彼は何も言わずに千鶴の首筋に唇を落とした。その感触にびくりと震えれば、斎藤はくつくつと喉で笑う。柔らかく歯を立て、甘噛みされれば自然と吐息が甘くなる。
「人肌というものは、暖をとるのに最適だと思わないか」
「………風邪をひいたらどうするんです」
「構わん」
呆れたような声をだしても我関せずといった態度を取り続けるその人に千鶴は本格的に諦めた。どうやら逃げるのは無理そうだ。そもそも、この人から逃げるという選択肢すら自分には用意されていなかったに違いない。用意されたとしても選ばないだろうが。
「千鶴、何を考えている」
ぼんやりとしていたのだろう、ほんの少し不機嫌そうな声に視線をその人へとうつせば拗ねた顔をしている人。人斬り集団と言われた新撰組の中でも無敵の剣、と呼ばれていたこの人がこんなにも可愛らしいだなんて誰が思うだろうか。千鶴がほんのすこしだけ笑えば、憮然とした表情を浮かべて押し黙ってしまった。だからこそ、彼の機嫌が直る一言を囁く。

「貴方のことに決まっています」







水彩の劣情
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