ぽかぽかと暖かい日差しが、僕たちに降り注ぐ。嘗て羅刹になってしまった時には想像もつかなかった日向ぼっこ。ここでは、時間はいつも穏やかに流れている。剣を持つこともなく、戦に出向くわけでもなく、ただ僕の腕の中には誰よりも愛しい人が居るだけ。平穏、としかいいようのないこの暮らし。
「子供は2人がいい。初めの子は女の子で、次が男の子。それでしっかりもののお姉ちゃんが弟の面倒を見てくれるんだ」
僕の言葉に「それはとてもいいですね」といつもよりほんの少しだけ眠そうな口調で彼女はそういった。けれど、その顔はとても幸せそうで、それを見るだけで嬉しくなるから僕は未来の話を続ける。
「あぁ、でも女の子ってなるといつか、お嫁さんに行っちゃうのか、それはやだなぁ。まぁ、でもその時はその時だよね。僕は君がいるから寂しくないし。…それよりも、名前は何にしようか。男の子はまだいいとして、まず考えるのならば女の子の名前だよね。可愛い名前がいいかな、それとも綺麗な名前かな。そういえば千鶴の名前は、とても綺麗だよね。千鶴の名前は誰が考えたんだろうね。千鶴の名前にまけないくらいに綺麗な名前がいいなぁ」
僕の口から出る未来の話に、千鶴はほんの少しだけ眩しそうに目を細めて微笑んだ。
どこか儚いその笑みに、言葉が喉に突っかかった。何故だろう、昔は嘘をつくことなんて息を吸うくらいに簡単に出来たはずなのに千鶴相手だと上手くいかなくなることがおおくなった。ほんの少しだけ、泣きそうになって僕は慌てて千鶴を深く抱き込んだ。大丈夫、これで僕の顔は千鶴に見られない。でも、言葉を口にすることは相変わらず出来なくて、僕は黙って千鶴の髪を梳いた。さらさらとした手触りの髪は、梳いていて心地が良い。どのくらいの時間、そうしていたのかはわからない。けれど、ふいに自分の腕に掛かる重みが増したのに気がついて千鶴の顔を覗き込む。

「千鶴?」
返事はない。どうやら眠ってしまったようだ。安心しきったような寝顔を見てほんの少しだけ腹がたった。
「眠っちゃった?」
人の気もしらないで、と彼女が聞いているわけでもないのにそういって責めた。僕の気持ちを彼女は全然知らない。そうするように仕向けたのは僕なのに、それなのにその事実に腹が立って、けれども安心する。だって僕の言葉は、全部嘘だから。よくよく考えてみればわかるだろう。そもそも、未来なんて僕にはないものなのだ。普通の人なら(千鶴はお人好しで人に言われたことを素直に信じる性質だからわからないかもしれないけれど)気がつくだろう。いくら土地が良いからって、空気が澄んでいるからってそう簡単に胸に巣食う病魔がなくなるわけではないし、そもそも羅刹になったのだからいつこの身が灰になってもおかしくはない。あとどれくらいの時間、彼女と一緒に過ごすことができるのだろう。
彼女を裏切るのは、いつの日になるんだろう。いくつもの未来の話をすれば、いくつもの嘘をつくことになる。けれど、それでいい。嘘をつくなんて最低だ、と彼女は僕を嫌いになればいい。そうして、僕みたいな男を忘れてもっと優しくて、彼女を守ってくれるような男を選べばいいんだ。

穏やかな寝顔を浮かべている人の額に唇を落とした。これは、誓いだ。
君が笑ってくれるためならば、いくらでも僕は嘘をつくよ。


(ねぇ、千鶴。あと何個、嘘をつけば君はずっと笑ってくれるのかな)






僕は、ずっと待っている。
君が、僕を嫌いになる瞬間を。
僕がいなくても、君には笑っていてほしいから。








必要な嘘の数
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