(きれいなだけのきみはいらない)


手に残る人の肉を切った時の独特の感覚、断末魔、血の匂い。ほんの少しだけ考え事をしていたせいで、うっかり返り血を浴びてしまった(あーあ、また土方さんに怒られる)生ぬるい液体がほんの少し気持ち悪くて、頬を隊服で乱暴に拭った。
「あーあ、帰ったら洗わなきゃ」
血はすぐに洗わなければ落ちないんだよねぇ、と笑った僕を見て、一君が何かを言いたそうな顔をする。
「何?」
「…いや、何でもない。夜だから平気だろう」
“夜だから”?何を言いたいのかがわからなくて、考え込む。そうして思いだしたのは屯所に居る“少女”のことだ。確かに、新選組でも何でもない彼女にこんな姿を見られれば怯えてしまうだろう。夜ならばきっと彼女は寝てしまっているから返り血を浴びた僕を見られることもない、と一君は言いたかったんだろう。それに気がついて、ほんの少しだけ苛立ちを感じる。
「ねぇ、一君」
「何だ」
「別に見られてもいいんじゃない?僕たちが人斬り集団なのは変わらないんだし」
「むやみに怯えさせる必要はないだろう」
「大事に囲う必要もないと思うけれど」
「総司」
窘めるような一君の言葉に肩を竦めた。
―――――彼女が来て、皆どこか変わってしまったように思う。
土方さんは休憩を取ることが多くなったし、永倉達は島原に行く機会が少し少なくなった。平助は彼女の前でそわそわしているし、一君だってほんの少し表情が柔らかくなった。近藤さんはよく笑うようになった。

「おい、総司」
一君の声に、はっとする。どうやら屯所へとついていたようだ。適当に返事をして、土方さんへの報告を一君に押し付ける。一君は迷惑そうな顔をしていたけれど「さっさとソレを洗ってこい」というと土方さんの部屋へと行ってしまった。それを見送りながら、僕は隊服を脱ぐ。浅葱色と白との着物は、べっとりと黒いものがこびりついている。そう簡単には落ちなさそうだ。はぁ、と溜息をついていると「おかえりなさい」と声がかかった。振り返れば、そこに居たのは
「……千鶴ちゃん」
ほんの少しだけ、口の中が渇いた(何で、だろう)気がする。彼女の名前が空々しく響いて、僕は眉を顰める。今は月が雲に隠れているから、立っている距離が離れているから、だから彼女は僕が血まみれな事に気がついていない。
「いつまで此処にいるつもり?」
自然、僕の言葉は刺々しくなる。早くどこかへ行って欲しいのに、千鶴はその場所から動かない。何で彼女はこうも自分の思った通りに動いてくれないのだろう。
「それとも、何か僕に用があるの?」
それならさっさと言ってくれる?とそう言えば、千鶴はすいと手を差し出した。
「隊服を貸してください。洗いますから」
「……何だ。わかっていたんだ」
隠そうとしたのは無駄に終わったのか、と溜息をつく。そんな溜息を吐いた自分に気がついて愕然とした。
(何で、僕は隠そうとしたんだろう)
先程まで怯えられても別に構わないと一君に言ったのは自分なのに。それなのに、どうして。
「沖田さん、早くしないと落ちなくなってしまいます」
ほんの少しだけ強い口調に言われるがままに隊服を脱ぎ、千鶴に手渡す。洗濯をしてくれる、というのならばそのまま渡してしまおう(今、気がついてしまったことには蓋をして)隊服を持った千鶴はそのまま足早に井戸の方へと向かった。

「……染まっちゃったかなぁ」
まだ年端もいかない少女が血塗れた服を平然と洗う姿を想像して、眉を寄せる。いつだって、まっすぐ、前をみつめている少女にはそんなものは似合わない気がした(こんなことなら隊服を汚さなければよかった)彼女の掌が血にまみれていくのは、なんとなく後ろ暗いような気がする。気がする、だけですんでいるのは実際彼女が綺麗なままだからだろう。誰を殺すわけでもない、そこらへんの町民たちと同じ。


「綺麗なだけの君なんて、別に興味はないけれど」








(嘘、綺麗なままの君が好き)
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