斎藤さん、と千鶴は呼びかけてその声に斎藤は立ち止る。そんな光景は、“昔”から何度も見たものだった。先に行く斎藤を追いかける千鶴。それは“今”でも変わらない。例えお互いがお互いを忘れても、あの二人は何度でも恋をするのだろう、と。
「そういや、あの後どうなったんだ?」
「あの後、というといつの事ですか。副長」
副長、という言葉に眉間に皺を寄せる。副長と呼ばれていたのは遥か彼方の昔の事で、今ではない。土方の浮かべた表情を見て理解したのか、斎藤は「土方先生、でしたね」と訂正をした。それに気を取り直し、土方は唇を開く。
「会津で別れた後だよ。あれからぱったり連絡が取れなくなったろ」
「…そういえばそうですね」
懐かしむように目を細めた斎藤に、土方は苦笑する。なんというか、時代が変わっても相変わらずだなぁと。
「会津藩主に命を受け、ともに斗南へ行きました」
「あー、そうか。確か大幅な領地削減されたんだっけな」
「はい」
「で?アイツも一緒に行ったのか」
アイツ、というのは言わずもがな千鶴のことだ。斎藤と土方が別れる時に土方に向かって「残りたい」と言った千鶴。斎藤が生きていたということは、聞かなくとも千鶴も居たと考えるのが自然だろう。土方の予想通り、斎藤はこくりと頷いた。
「はい」
「それで?」
土方の続きを促す言葉に、斎藤はくすぐったそうに肩を竦める。ほんの少し逡巡した後、唇を開く。
「……そこで夫婦となりました」
「そうか」
土方が見る限り、斎藤たちは幸せだったのだろう…とそう思う。自分たちのせいで、色々なことに巻き込んでしまったのだから、彼女には幸せになってくれればと思っていた。斎藤ならば、任せても平気だとは思っていたけれどこうして聞いてみて改めて安心した。笑った土方が何気なく斎藤の顔を見ると何かをいいたそうにしている。土方は首を傾げて「なんだ」と問えば斎藤は神妙な顔をした。
「もうひとつ、ご報告したい事が」
「ん?」
軽く問いかけた土方に、斎藤は目を伏せた。なんといえばいいのか、考えるような仕草をした後に口にする。
「千鶴が、覚えていました」
予想していなかった言葉に、土方は軽く目を見開いた。けれど、なんとなく予想していたと言ったら、この男はどう思うのだろう。いつだって、千鶴は斎藤の背を追いかけていた。斎藤さん、と口にする前に名前を口にしようとした自分の唇を手でふさいでいたのだから。

(昔から、気がついていないのは当人達だけ、だな)

「よかったな」
ほんの少し苦笑しながら、けれども心からの祝福に、斎藤は微笑んだ。




知らぬ恋心 存ぜぬ愛情
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