嗚呼、何でこうも上手くいって欲しいと思うことほど、上手くいかないのだろう。彼女の幸せを思ってこそ手を離したというのに(他の男ならば土方の何倍も幸せにしてやれるはずだった。それに嫉妬をしないというわけではないけれど)彼女はそんな土方の気持ちを知ってか知らずか追いかけてきてしまった。ノックをして、土方の部屋に入ってきた彼女を見たときは愕然としたものだ。何で、お前がこんな所に居るんだよ。それとも、何か?あんまりにも疲れているから幻影でも見てんのかと一瞬、茫然とした土方に対して千鶴は何かを決意したような顔で土方の顔を見たのだ。その目を見た瞬間、これが夢ではないことを知った。
傍に居たい、そう言った千鶴に土方は帰れと言った。生き残れる保証、勝てる保証なんてどこにもなかったからだ。俺はお前を幸せにすることができない、と。その言葉に対して怯むことなく千鶴は“幸せはなくても構わない”そう言い切った。女にそこまで言われて、引き下がれる男がいるものか。

千鶴が残ることになって早々、文句のひとつでもいわないと我慢ならないと土方は大鳥を呼びだした。その数十分後、ノックをして土方の顔を見た大鳥はあれ、とわざとらしく首を傾げた。
「彼女をここに連れてきた僕には感謝の言葉はないの?」
どこかのほほんとした顔で言う言葉が、それかと思わずひくりと土方の頬がひきつった。
「むしろ俺は怒る立場だと思うが」
「うわぁ、酷いなぁ」
にこにこと笑う大鳥に土方は眉間の皺を深くする。こういう風に笑うヤツは大抵腹の底が真黒だと決まっているのだ(総司がいい例だ)昔馴染みの顔を思い出して、思わず頭痛がした。
「え、何?僕、何かしたかい?」
慌てたように土方の顔を覗き込んだ大鳥に「なんでもねぇよ」と土方は首を振る。
というか、よくよく考えてみれば自分は千鶴の我儘(というには欲がなさすぎるけれど)に弱い。そもそも、千鶴の我儘は大抵“自分のため”ではなく“誰かのため”のような気がするし、ほうっておけば自分で無理をしかねない。昔された“我儘”を思い出して土方は眉を寄せた。お世話になっているだけでは肩身が狭いので(というかこちらが監禁していただけで世話をしていたわけではない)仕事がしたい、だの、健康にさし障るから掃除がしたいだの。ぼやいた土方に、大鳥は笑う。
「なんというか、雪村君は相変わらずだったんだねぇ」
「お前、本当に余計なお節介をしやがって」
「別にお節介をしたわけじゃないよ。僕のために動いただけよ」
「………は?」
何言ってやがる、と訝し気にいった土方に大鳥はにこりと笑って見せた(あ、今何だか総司を彷彿とした)
「だって、僕は雪村君が好きなんだ。好きな人とは一緒に居たいって思うのが当然だろう?」
誰も土方君のため、だなんて言ってないじゃないかと満面の笑みで宣った大鳥に絶句する。馬鹿いってんじゃねーよ、と笑い飛ばしたいのが本音だが、そこまで空気が読めないわけでもない。
「失礼いたします、雪村です。お茶を持ってきまし……た」
その時、タイミングが良いのか悪いのか、お盆に2つのお茶を乗せた千鶴が土方の部屋へと足を踏み入れた。そうして、瞠目。何だか、どこか空気が寒々しいような気がすると千鶴は首を傾げた。
「あの、もしかして、マズい時にきちゃいました、か?」
「ううん、そんな事はないよ。……でも、僕は仕事に行かなきゃいけないから、そのお茶は不要かな。勿体無いから雪村君が土方君と飲んでくれるかな」
「はぁ」
お盆を机の上に置いた千鶴が曖昧に頷くのを見て、大鳥はにこりと笑って千鶴の耳元へと唇を近付けた。
「頑張ってね」
「え」
何が、と問い返す前に大鳥は出て行ってしまったために千鶴は聞くことが出来ない。もう一方に聞こうかと土方の方を振り返り、千鶴は凍りついた。
(ものすごく不機嫌そう)
まぁ、土方側とすれば思っても見なかった相手に宣戦布告された揚句、親密そうな様子をみせつけられたのだからあたり前だ。
「………おい、千鶴」
「は、はい」
不機嫌丸出しの土方に千鶴は背筋を正した。怒られているのは慣れているのだから、と自分を慰めている千鶴を知ってか知らずか、土方は真面目な顔で唇を開いた。
「俺の居ない所で大鳥と二人きりになるなよ、危険だからな」
「………え?でも、大鳥さんはいい人で」
思っても見なかった言葉に千鶴は目を見開く。彼がどんなに親切で良い人なのかを説明しようとした千鶴の言葉にかぶさる形で土方は言葉を重ねる。
「いいから。命令だ」
「はぁ、わかりました」

決してこれは、悋気によって、のものではない。
千鶴が頷いたのを確認して、土方はほんの少しだけ冷めた茶を啜った。











(とりあえず、後で真偽を確かめる)
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