雪村千鶴という少女は、とても素直である。言われた言葉にいちいち反応し、真面目に思案する。例え揶揄われたとしても流せばいいというのに流すことが出来ずに、わたわたしたり、赤面したりという姿は微笑ましい。総司が揶揄う理由もわかるというか、なんというか。土方がそう口にした時、斎藤は―――あまり表情をみせない彼にしては珍しく――渋面を作った。どうかしたのか、と聞いた土方に斎藤はほんの少しだけ躊躇した後に唇を開いた。 「大抵、落ち込んだ雪村をなんとかするのは俺なので」 ああ、そういやぁそうだったな。そう土方が口にする前に、襖が音を立てて開いた 「あぁ、本当。一君ってば美味しい所をいつも持って行っちゃうんだよねぇ」 いつの間にか、まるで部屋の主であるかのように登場した沖田に、当の部屋の主である土方は眉間に皺をよせる。 「おい、総司。てめぇ、俺がいつ“入っていい”と許可を出した」 「やだなぁ、土方さん。そんな細かいことばっかり気にするだなんて京女ですか?」 あはは、と笑いながらいつものように軽口を叩く沖田に土方はひくりと頬を引き攣らせた。 「それで、何の話です?千鶴ちゃんの名前が出ていたみたいですけれど」 「お前が限度を知らずにアイツを揶たっていう話だ」 「だって、千鶴ちゃんって可愛いんですよ?」 「可愛いからって泣かしていいもんじゃねーだろうが」 「泣きませんよ。千鶴ちゃんは人前では絶対に泣きませんよ。泣くとしても夜中にこっそりと声をたてないように泣きますし」 「……………見たのか?」 ふ、と眉を顰めた土方に沖田はそれがどうしたんです、とにこりと笑う。 「例え泣いていても土方さんには関係がないとおもうけれど」 「泣かせたのがうちの隊士なら関係あるだろうが」 はぁ、と大げさに溜息を吐いた土方に沖田はやだなぁ、土方さんと肩を竦めてみせる。 「でも、僕が虐めて泣かせないとあーいうのはすぐに潰れちゃいますよ?」 「……お前のせいで潰れたらどうするんだ」 窘めるような斎藤の言葉に沖田は猫のように目を細める。 「いやだなぁ、一君。僕がそんなヘマをするわけないでしょ」 「壊れたら壊れたて“まぁ、それまでの人間ってことかな”と笑ってみていそうだが」 「あはは、僕の事をちゃんと理解してくれているんだね。一君」 「否定はしないのか」 二人の掛け合いを聞きながら、土方は不幸にも沖田に気に入られてしまった千鶴の事を考える。まだ幼い少女が、こんな男所帯に拘束されているのにもかかわらずに彼女が弱音を吐いたところを見たことがない。さり気無く彼女を気遣う近藤や原田、井上に対しても千鶴は「気を使わせてしまってすいません」と恐縮するばかり。慰めているはずが、逆に気を使われては意味がないと井上は嘆息していた。そんな調子だから、千鶴はこの屯所に理不尽な理由で拘束されているのにもかかわらず“泣かない”。総司にからかわれて、泣きそうな顔をしている時にも泣きそうなだけで、泣きはしない。それは、まるで 「副長」 「……ん?あぁ、悪ぃ。なんか言ったか?」 慌てて体裁を取り繕うようにそういった土方に、斎藤は目を細めた。じっと土方の顔をみて、唇を開く。 「お疲れでしょうか。少しお休みされてはいかがですか」 「そう、だな…仕事がひと段落したら少し休むさ」 適当にそう言って、斎藤と沖田を追い払い土方は溜息を吐いた。悪い、とは思っている。彼女にとってとても大事な“時期”をこんな所に拘束しているのだ。それはとても心苦しいし、出来ることならば彼女に少しでも楽しく、笑顔で過ごしてもらいたいと思っている。 (なんていう、馬鹿な考え事をしてるんだか) 己の背にはすでに大きい荷物がある。だというのに、少女一人にかまけてはいられないというのに、彼女の事を考えずにはいられない自分がいるのも事実だった。 夜半、誰もが寝静まったはずの屯所で、誰かの泣き声が聞こえたような気がして手を止めた。顔をあげ、耳を澄ませても何も聞こえない。さわさわと木が風に揺らされる音が響くばかり。考えすぎ、か。昼間に総司が変な事を吹き込むせいで仕事にも思ったように集中が出来やしない。土方が眉を顰めたその時「副長、お茶をお持ちいたしました」と襖の先から声がかかった。少年、というにはほんの少しだけ高いような気がするその声の主に、土方はほんの少しだけ驚いた。体裁を取り繕いながら入る許可をだした土方に、千鶴はそっと襖を開いた。 「なんだ、何の用だ」 「お茶を」 土方としてはお茶を持ってくるのを建て前に何か言いたいことがあるのではないかということだったのだが、どうやら本当にお茶を持ってきただけのようだ。眉間に皺をよせた土方に千鶴はあの、何か粗相でも、とこてんと首を傾げた。 「お前、もう就寝時間は過ぎてるだろうが」 「はぁ、すいません。まだ灯りがついているようでしたので、お仕事が終わっていないのかと。もし小腹が空いているようでしたらお夜食などをお作りいたしますが」 土方の机の上にゆのみを置きながらそう言った千鶴に押し黙る。千鶴を見ていると、時折妙な感覚になる。何かがおかしい、ような。実際は、可笑しくもなんともないはずなのだが。何時も通り、気がきき、料理が出来て、文句を言わずに雑用をこなして。年齢的にも、子供といっても差し支えがないのにこの男所帯でよくやってくれている。ふ、と感じていた違和感の正体に土方は気がついた。千鶴は、出来すぎているのだ。“聞きわけが良すぎる”。もし、男所帯に閉じ込められるといった事になった時、通常の子女であれば泣いて暮らすほうがしっくりくる。こんな風に馴染んでしまうなんてことの方が可笑しくて。 「……お前、もう少し我儘になった方が良いんじゃねぇか」 「え」 ぱちり、と驚いたような顔をした千鶴に土方は言葉をかける。 「何か欲しいもんはあるか?そんなに高ぇもんは買えねぇが、普通に売ってるもんなら買ってやるよ」 はぁ、どうもお気づかいを戴きありがとうございます、と千鶴は口にし、土方の申し出に一瞬、戸惑うような仕草を見せる。考えるように沈黙し、千鶴はふるふると首を振った。 「とくに必要なものはないので大丈夫です」 ほんの少し予想していた言葉が返ってきて、土方は思わず苦笑する。この齢であれば欲しいもののひとつやふたつがあるだろうに。土方は「子供が遠慮しているんじゃねぇよ」無造作に千鶴の頭を撫でた。 「―――――子供っていうのは、我儘でうるさくて、それで丁度良いんだからな」 丸くなった瞳に土方の顔が映る。その顔が、年相応に見えた気がして、土方は笑った。 果てはしないこどもの世界で |