「私の事を“なんて女だ、これだから江戸の女は”って、いつも土方さんは笑いながら言うけれど、私からすれば土方さんなんて“なんて酷い男”ですよ。いつだって自分一人で背負って、自分ばかりが辛い思いをして。私がその荷物を少しでも持とうとすると”余計なことをすんじゃねぇ!”って怒るくせに、私が落ち込んだり、悩んだりしているとさり気無く私の背負っているものだとかを持とうとする。欲しい言葉を、いつもくれる。それでいて、私が土方さんのように余計なことをしないでくださいというと”餓鬼が余計な気を使うんじゃねぇよ”って笑うのはどうかと思うんです。私のためってわかっているんです。土方さんの優しさだってこともわかっているんです。でも、でもね、時折それがどうしようもなく悲しくなるんです。
私が貴方の重荷になっているかもしれないとそう思うと怖くて、恐ろしくて仕方がない。こんなことを言うこと自体が、土方さんの重荷になっているんだろうって。わかるのに、わかっていたから黙っていたのに、言ったら止まらなくなるから、だから言わなかったのに!なんで土方さんはいつも強引なんですか。私の気持ちなんかいつも無視して、自分ばっかり苦しい思いをしているのに何も言わなくて。私なんかじゃ 自分じゃ、釣り合わないのはわかっているんです。」

でも、傍に居たい、そう言ってぐすぐすと己の腕の中で泣きつづける女の背をとんとんとあやすようにリズムを取りながら撫でる。いつもの彼女ならば“また子供扱い”と頬を膨らませるのだろうけれど、今は泣くことに手一杯らしい。それにしても、こんな男の傍を選ぶとは、彼女は男の趣味が悪い。こんな自分勝手で、頑固で、これときめた道を進むとそれ以外は考えられない男を好きになるなんて。彼女ならばもっと良い男が居たはずだ、と。思いながらも口に出さない。そんなことをしようものならば、更に泣きわめくに決まっている。それに、例え彼女が己の過ちに気がついたからといってもう自分には彼女の手を離す気がないのだから。

(嗚呼、本当に選んだ男が悪かったな)

一度は、手を離したのだ。彼女の傍には幸せが似合う。こんな死にゆく男のために彼女までもが命を散らすなどあってはならないし、何れ会う近藤にどんな顔をすれば良いのかがわからないと。それだというのに、彼女はそんな土方の知ってか知らずか追いかけてきたのだ。蝦夷の地で彼女と再会した時は己の目を疑った。その時の自分は、自分の中の彼女の存在というものがどれほど大きいのかを思い知らされていたので、そんな自分が見せる、都合のよい幻影かとすら思った。それが幻影ではなく、本物だと知った時、自分の本能は“手を離してはいけない”と思ったのだ。離れた時に、己の中にぽっかりと空いた穴を知らなかったから手が離せたのだと思い知らされていたから。
「……千鶴」
千鶴はまだ、泣きつづけている。
土方さん、土方さん、ごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば、と何度も謝る彼女の涙は枯れることを知らないようだ。原田のような泣いている女を慰める方法を知っているわけでもない、総司のように子供を笑わす方法を知っているわけではない。だからこそ、彼女が落ち着くまで抱きしめて、そうして背を撫でていようと決めた。だからこうしている。というか、もう十分に背負っているんだ。彼女の背負うものを更に背負ったとしても何も変わらない。遥か昔、千鶴が言ったようにそれでもなんとかするのが“新選組副長”の仕事なのだ。それに、彼女は“背負っていない”と思っているが十分、土方の荷を背負っている。背負わせて、しまっている。 一人の女が背負うには重すぎる荷物を、自分は背負わせてしまっている。

「なぁ、千鶴」
ほんの少し落ち着いたのを見計らって、声をかける。 いつだって自分の呼びかけには「はい」とすぐに返事する彼女の真黒で、大きな瞳がこちらへ向いたのを確認して、唇を開いた。
「――――――愛してる」
「え」
一瞬、ぽかんとした顔をした千鶴はみるみるうちに頬を紅潮させた。あ、泣きやんだ。と思ったのはつかの間、ぽろりと涙が零れる。その涙の意味を聞くほど、空気が読めないわけでも、野暮ではないからただ彼女の目元に唇を落とした。




(腕の中の体温は、いつも優しい気がする)
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