「何をしているんですか、沖田さん」
「あ、千鶴ちゃん」
見てわからない?涼んでいるんだよ。そういって何時も通り笑った沖田さんの髪は、濡れている。そういえば、前にもこんなことがあったと眉を寄せた私に沖田さんは一言。
「その皺、土方さんとそっくり」
思わず脱力した。
何だろう、この人に真面目に付き合おうとする私の方が可笑しい、と平助君や原田さんは言っていたっけ。でも、どうしてもほうっておくことが出来ないというか…(それを言った時二人とも、何故か物凄く複雑そうな顔をしていたけれど)私は考えながら、沖田さんの持っていた手ぬぐいを奪い、彼の濡れた髪を拭い始める。私の行動を予想していたのか、沖田さんは前よりも驚いたような顔はしなかった。ただ、私のしたいままにすればいいとでもいいたげに身を任せる。
「君って本当に過保護だよねぇ」
「誰がそうさせていると思っているんですか」
自然、厳しくなった口調に沖田さんはほんの少し黙った。その反応の珍しさに思わず手が止まる。彼のことだから「余計なお世話」とか「誰も頼んでいないでしょ」とぴしゃりと厳しい言葉が返ってくるとばかり(だからといってやめるようなことはしないだろうけれど)。けれど、その反応がほんの少しだけ怖いのも事実。
「沖田さん?」
彼の顔を覗き込み名前をそっと呼べば、沖田さんは唇を開いた。
「………ごめんね、千鶴ちゃん」
そう言って微笑った人の笑みがあんまりにも儚くて、息を飲んだ。
「何で」
なんで、どうして。いつだって、沖田さんは自分にしかわからないような理論ばかり口にして周りを翻弄してばかりだったくせに。私がこの屯所に来た時だってそうだ。他の誰もが“腫れもの”のように私を扱ったのに対して、沖田さんは私に一番話しかけてくれていた。(それが嫌がらせだったのかもしれなくても、私は救われていた)私が、沖田さん以外の人と仲良くなることが出来たのは、沖田さんが切欠だと思う(そんなこと言おうものならば物凄く嫌そうな顔をするだろうけれど)いつの間にか、いつの間にかはわからないけれど私にとって沖田さんという存在はいなくてはならない存在になっていたのに。なんでいきなり、こんな風に…まるで明日にも消えてしまう、とでもいいたげに謝るの。
「なんで、謝るんですか」
彼が、何故謝ったのか。その理由を聞くのが恐ろしくて、たまらない。声が震えた私に沖田さんはほんのちょっとだけ黙って、それから何時も通りの笑みを浮かべて見せる。
「なんとなく」
気紛れだよ、そう言って笑ったひとに悲しくなる。自分が苦しくても、苦しいとは素直に言わないひとだ。言ってほしい、とどんなに私が思った所で彼が彼であるうちは決してそれを言葉にしないのだろう。
「沖田さんは、狡い」
責めるような私の言葉に、沖田さんは目を細めた。
「うん、そうだね」
しっているよ、そう言った人の声がやっぱりちょっと遠くて。私と沖田さんの距離が遠いんだっていうことを思い知らされる。そんなの、あたり前だ。私は新選組の中でも異質でどんなに雑用をやろうが“お客さん”には変わりない。
「ねぇ、まだ髪、乾いていないんだけれど」
君って本当に役に立たないよね、そんなんだと斬っちゃうよと昔のようなことを口にした沖田さんに私は再び手ぬぐいをとった。己の無力さが、ほんとうに不甲斐ない。剣をとれないばかりか、医者としても半人前だ。もう少し、医学の心得があればよかったのに。彼の後ろにまわり、丁寧に髪の水気を拭いながら何度も自分の無力さを責める。そうして、彼の後ろに立てば自分の今の顔が見られずに済むことに気がついて、ほっとした。こんな今にも泣きそうな顔を見られたら、今度こそ沖田さんは何も言わなくなってしまう(やさしい、ひとだから)泣きそうになったの我慢するために私は唇をきつく噛んだ。





ありがと、小さく呟かれた言葉にも、私は聞かない振りをした。




(だって、認めたくない)
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