「千鶴ちゃんが子供になったんですけど、どうしたらいいですかー!」
すぱんっ!と景気が良い音をたてたかと思えば、何だかよくわからないことを叫ばれた場合、新選組副長とすれば どうすればいいのだろうか。

その日は、土方にとってはいつも通りに平穏に過ぎ去るはずだった。もちろん、平穏だからといって、幕府の“お偉い方”に密書を書かなければいけなかったり、色々とやる仕事はあったのだが。けれど、もしかしたら俳句のひとつやふたつを考えることが出来るかもしれないと、一日の予定を考えていると誰かの足音が聞こえた。それからすぐに、断りの挨拶もなく景気の良い音をたてて襖があく。鬼の副長相手に、そんな無礼な事をする相手は一人しかいない。土方は「総司!いつも言ってんだろ!てめぇ、挨拶くらいちゃんと…」と総司を睨みつけ、そうしてぽかんと口をあけた。そうして、冒頭へと戻る。
呆気に取られたような顔をした土方に総司は「あ、やっぱりそういう反応になりますよね」と笑った。何でこんなときでもこの男は飄々とした態度なんだろう。むしろこの状況を面白がっている節があるような気がするのは土方の思い違いではないはず。とりあえず、状況確認をしようと「おい、総司」と土方は渋面をつくった。そうして、総司の腕に抱かれていたソレへと視線をうつす。

「……なんだ、ソレ」
総司の腕に抱かれているのは、子供だ。なんとなく見覚えがあるような、と思った土方は慌てて首を振った。まさか。まさか、そんなことがあるわけがない。必死に現実逃避をしていた土方に、総司は満面の笑みで唇を開いた。
「なんだって、千鶴ちゃんですよ。見たままじゃないですか」
…だよなぁ、とは言えなかった。そうかなぁとは薄々はわかっていたものの出来ればわかりたくなかった。もしかして、疲れているんだろうか。そうだ、そうに違いない(断定)というか、それにしても鋼道さんが見つかったらどうやって説明すればいいんだろう。
「副長、斎藤です」
悶々と考えていた最中、この新選組幹部の中でも唯一の良心であり、土方にとっても頼りになる斎藤の声にほんの少しだけほっとしながら「入れ」と許可を出した。 斎藤は総司とは違い、静かに襖をあけ、総司の腕の中にいる千鶴(仮)へと視線を向けた。そうして「勝手に部屋から外へ出るなといっただろう、千鶴」と溜息を吐いた。あ、なんだかいやな予感。 というかよくよく考えれば斎藤は変な所で頓珍漢なことをするヤツだった。しかもそれが無自覚だからなおさら性質が悪い。……あれ、もしかして新選組の中でまともなヤツっていないんじゃないだろうか、と知らなくてもいい真実を知って土方は思わず米神を抑えた。
「お、おい、斎藤」
おそるおそる、と言った様子で口を開いた土方に斎藤は首を傾げた。何かおかしなことでもありましたか、副長。とでもいわんばかりのその表情に土方は頬を引き攣らせた。
「なんで、その子供が千鶴だってわかったんだ?」
「一番初めに発見したのが僕と一君だったんですよ」
そういえば、今日の朝食当番はこの三人だった。大方、起きてこない千鶴を呼びに行ったのだろうと想像しながら「それで?」と土方の続きを促す言葉に総司は口端をあげた。
「だから、こう言ったんです」
そういったかと思えば、千鶴に視線をあわせた。
「“自分の名前は言える?”」
小さな少女はほんの少しだけ戸惑ったような顔をした後、控えめに「ゆきむら、ちづるです」とこう言った。朝、広間に集まった幹部に事情を説明するように指示し、土方は米神を抑えた。とりあえず、土方の頭痛の種が増えた事は間違いがない。



身支度をし、ほんの少しだけ嫌な予感を抱えながらも広間へと行くと、予想通りといえば予想通りの光景が広がっていた。皆、わいわいと千鶴を囲んで談義している。
「“子供になってしまった”?え、マジでか」と目を丸くして千鶴をみている平助に、「いやぁ、こんな事もあるんだなぁ」と笑う近藤。そんな近藤に「いやいや、近藤さん、普通こんなことは有り得ねぇから」と突っ込む新八。何故か皆、千鶴の状況を見て納得しているようだ。頭痛い。というかこれで本当に新選組は大丈夫なんだろうか。

「こっちこいよ、千鶴。菓子あるぞ」
斎藤の背にかくれるように様子を窺っていた千鶴は、原田のみせる菓子を見ておずおずと原田に近寄った。そんな千鶴を原田は己の膝にのせると菓子を手渡してやる。ちゃっかりしているというかなんというか。もしょもしょと千鶴が菓子を食べ始めたのを見て、平助は不満の声をあげた。
「あー!ずっりいよ!佐之さん!」
「こら、そんなに大きな声を出したら雪村君が怯えるだろう!」
井上の叱り声に「だってさぁ」と平助は不満そうな顔をした。
っていうか、“千鶴が子供になった”という事実に対して割とすんなりと受け止めているのはいいことなのだろうか。もう少し原因を究明しようとかそういうことは考えつかないだろうか。土方の考えていることを察したのだろう、沖田は「よく考えてもみてくださいよ」と軽やかに笑う。
「ただでさえ“羅刹”とか“鬼”とかよくわからないけど現実には考えられないことがあるんですよ?今さら子供になったからといって何を驚く必要があるんです?」

駄目だ。こいつら早くなんとかしないと。



「それにしても、どうします?……僕はこのままでもいいと思うけれど」
沖田はちらりと菓子を食べている千鶴を横目に冗談か本気か判別がつかないようなことを宣う。そんな沖田に斎藤は渋面を作った。
「馬鹿をいうな。鋼道さんが見つかったらどう説明するんだ」
「どうって“千鶴ちゃんが若返りました”とか」
「寝言は寝て言え!」
「え、本気なんだけどなぁ」
沖田と斎藤との掛け合いに頭が痛くなってくる。
「とりあえず、様子をみるしかねぇだろ。もしかしたら、寝たら治っているかもしれねぇ」
「じゃ、とりあえず様子をみることにして誰が面倒をみるんです?」
「おお、それならば俺が」
「馬鹿言うんじゃねぇよ、近藤さん。あんたにやってもらわなきゃいけねぇ仕事はやまほどあるんだ」
率先して手をあげた近藤を睨めば、酷くがっかりしたようすで肩を落とした。というかそもそも副長として、局長にこんな雑用をやらせるわけにはいかない。
「そうだな、この中なら斎藤か、総司か、原田の誰か、か」
ふ、と考えこむ。斎藤には先程千鶴が懐いているようだったし、総司は基本的には子供に人気がある。原田も今先刻見た様子では安心出来そうだし…そう考えた所で、足元に何かがぶつかった。何だ、と目を丸くして視線を足元に落とすとそこには千鶴が足元にしっかりと抱きついていた。先程まで大人しく原田の膝で菓子を食べていたはずなのだが。
「おい、どうした?」
何かあったのか、と聞いた土方に千鶴は、はしっと着物の裾を掴んだまま動こうとはしない。
「……千鶴?」
名を呼んでも、ふるふると首を振るだけ。あることに気がついて、土方は溜息を吐いた。
「この様子じゃ仕方ねぇ。千鶴は俺が面倒みる」
これで話題は終わり、とばかりに土方はそう言い切り足元に張り付いている千鶴を抱きあげた。うしろでぎゃーぎゃーと文句を言っている輩を無視して、土方は己の部屋へと戻った。座布団へと千鶴を座らせ「すまなかったな」と頭を軽く撫でる。千鶴は大きな目を瞬かせた。
「怖かったろ?そりゃぁ、自分より大きい見知らぬ大人が怖い顔していたら怯えるわな」
ふるふると首を振った千鶴に、苦笑する。
「いいんだよ、遠慮なんかしなくても」
「だって、わたしのせいでめいわく」
「…お前、ガキのくせによくそんな難しい言葉をしっているな」
土方は感歎してそういったのだが、千鶴には馬鹿にされたように感じたのか頬を膨らませて黙り込む。
「そんないい子にならなくてもいいだろ」
「おとなは、おいそがしいからこまらせちゃ、いけないの」
要するに、昔から千鶴はこんな感じだったのだろう。ふぅ、と溜息を吐いて土方は千鶴を己の膝に乗せる。
「子供なんだから大人を困らせるくらいで丁度良いんだよ。我儘言って、甘えて。ガキが変な遠慮なんかするんじゃねぇよ」
癖のない髪を梳きながら、土方がそう言えば千鶴は大きな瞳に涙を溜めた。やはり不安だったのだろう、あたり前といえば、あたり前なのだが
「泣きたかったら泣いちまえ。大声で泣いて、そうしたら笑ってくれや」
土方の言葉にわんわんと泣き始めた千鶴に土方は笑って、小さな体を抱きあげた。そうして、とんとんと安心させるように背を叩いてやる。 悪いな、小さく呟いた土方の言葉に千鶴は顔をあげた。ぼろぼろとその間にも零れる涙をそっと拭い、言葉を続ける。

「生憎、俺は泣いたガキを慰める方法なんざ知らねぇんでな」
土方の言葉に、着物を掴む千鶴の手の力がほんの少しだけ強くなった。




それから小さくなった千鶴はどうなったかというと、土方や沖田が予想した通りに寝て、次の日には元通りになったらしい。本人にはその時の記憶が全くないため、沖田にあれやこれやないことを吹き込まれ顔を蒼褪めさせたり、それに対して土方が怒鳴ったのはまた別の話。





甘えちゃって泣いちゃって
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