何故、と彼女と一緒にいるとよくそう言っているような気がする。 いつだって彼女は自分にとって不可解な行動ばかりするから。それは、自分にも言えるようなことだとは思うけれど。 彼女と共に居ると、自分の事なのに、自分が分からなくなることがある。それを土方に言えば、土方は面白そうに目を細めて「ま、そのうちわかるだろ」と笑ったのだけれど。 唐突に、血を飲みたい衝動に駆られる。小さく呻いて、必死にその衝動を押し殺そうとするけれどあまり効果はない。それを見ていた千鶴は「斎藤さん!」と俺の名前を呼び、慌てて俺に駆け寄った。俺の顔を見て、全てを理解したのだろう。血が飲みたい、なんて一言も口にしたわけでもないのに、すぐに千鶴は自分の小太刀をぬいた。いつだって彼女は、俺が苦しんでいると躊躇いなく己の身を差し出そうとする。何故、とはもう言わない。ただ、千鶴が己の肌を傷つける前に小太刀の柄を掴む。
「貸せ。…俺がやる」
と一言だけそういえば、彼女は素直に手を離した。刃物の扱いをしらない千鶴よりも、自分がやった方が効率的だ彼女の持っている小太刀を手にして、彼女の肌につける傷が目立たないように耳朶にそっと刃を滑らせる。
ぷくりと膨れ上がる血の塊に、こくりと知らず知らずのうちに唾を飲み込んだ。こんなとき、(ああ、本当に俺はひとではなくなってしまったのか)と思い知らせられる。それに後悔をしたわけではないけれど、彼女に言ったら確実に泣きそうな顔をするだろうから口にはしないだろうが。

微かな血が滲む耳朶に舌先を触れさせれば、千鶴は小さく肩を跳ねさせた。こちらを出来るだけ心配させないようにと、平然とした顔をしようとしているのだろうが、あまりソレは叶っていない。俺の吐く息が千鶴の肌を擽るたび、千鶴は小さく震えている。声をださないように時折息を吐き出す、その息は熱がこもっているように思えるのは男の都合のよい錯覚なのだろうか。もしかしたら、全て“そうであれ”と自分が望んでいるからかもしれないが。
「……痛むか?」
なんて、白々しい。己のわざとらしさに嘲笑していた俺に千鶴は「い、いえ」と慌てて首を横に振る。(あぁ、そんなにも優しくするから俺はつけあがるのに)ただ、擽ったかっただけですから、とそっと目を伏せた千鶴の目元は、ほんのりと赤い。その様子を見ながら、昔の千鶴を思い出す。女というものは、成長が早いものだと佐之は口癖のようにそう言っていたが、こういうことだろうか。彼女が初めて出会った時、彼女は子供といっても差し支えがない年齢だった。けれど、時が流れるにつれ、こんなにも……。
男を誘うような上気した頬、ほんのりと赤い唇から洩れる熱い吐息。それらを目の端で確認して、慌てて目を逸らす。
自分の思い違いでなければ、彼女は自分の事を慕っている。だからといって、このご時世、彼女の気持ちに応えられるわけがない。本来ならば、こんな風に彼女の体に触れることすらも赦されないことなのだ。羅刹となったから、そういって言い訳をいくつも重ねて、ようやく彼女に触れることが出来る。


溢れる血を飲み下せば、酷く甘い味が広がった。




(ほんとうは、)
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