嬉しそうに男を見て、柔らかに笑う娘。持っているのは一匹の雪うさぎ。よくよくみると、男の手にも雪うさぎが乗っかっていて、娘の持っているソレよりも大きな形をしている。それを考えると、どうやら男が作ったらしい。

常に緊張して、ピリピリしていた土方を知っているからこそ大鳥は目を丸くせざるを得ない状況、というかなんというか。いや、誰だってあの人斬り集団の“鬼の副長”である土方歳三がこの地で雪うさぎを作るだなんて誰が想像できるだろうか。
(―――鬼、か)
昔から、鬼、と囁かれていた彼だけれど、この箱館の地についてからは、今まで怒鳴っていたのが嘘のように大人しくなったのだ。それが本人いわく“そうする必要がねぇからだよ”と言って苦笑していたけれど、彼女を置いていってからは一人で塞ぎこむようになったのも事実で。彼にとってもこんな風に穏やかに笑う事が出来るなんて想像できない未来だったに違いない。そう考えると、土方に突き放された彼女に「なんとかしてあげる」と言ったのは正解だったと大鳥は己の采配に満足する。ただ、ここまで……こう、無意識にいちゃつかれると一人身としては物凄く目に毒なんだけれども。思わず近くに居た島田に愚痴をこぼせば、彼は人のいい笑みを崩さずに答えた。
「俺達としては、副長が落ち着かれてほっとしたんですが」
「まぁ、それは僕も同じだけれど」
丸くなった彼は、いつもどこかに張り切れてしまいそうな危うさを持っていた。だからこそ、今の彼はとても落ち着いていて見ているこちらとしても安心する。
「隊士達も戦が終わったらあの二人のような夫婦になる、とか言っていますしね」
「……。平和だねぇ」
いつ戦争が始まるかわからないのに、と思うが途中で考えを改める。きっと“いつ戦争が始まっても可笑しくない”からこその会話なのだろう。上司としては“必ず勝てる”という保証することが出来ないのが心苦しいのだけれど。
「ま、死ぬのはいつでも出来るからね。生きるのを考えるのはいいことだと思うよ」
「そうですね」
「何、二人でこそこそ話してんだよ」
大鳥と島田が話しているのに気がついたのか、土方達がこちらへとやってきた。当然のように、後ろには千鶴が居る。大鳥が千鶴に視線をむけると、千鶴はにっこりと笑って「こんにちは、大鳥さん、島田さん」とあいさつを口にする。
「やぁ、雪村君も元気そうで何よりだ」
「なんだよ、大鳥さん。千鶴には妙に愛想がいいじゃねぇか」
ふいに言葉に刺を感じて、大鳥は土方を見る。表情自体は微笑みを浮かべているものの、目が笑っていない。しかもその表情をちゃっかり千鶴に見られないようにしているあたりが周到というかなんというか。呆れを通り越して感心すらする。
「何?愛想して欲しいのかい。土方君がそんなに僕に愛想よくしてほしいとは思わなかったけれど」
「誰がそんなこと言ったんだよ」
心底嫌そうな顔に、ほんの少しだけ悪戯心が芽生える。もしこのまま土方をからかうのだとすれば、直接彼をからかうよりも千鶴を使って間接的にからかった方が面白い。そう判断し、大鳥はにこりと千鶴に笑って見せた。
「先刻、君が言ったんじゃないか。聞いていたよね、“千鶴”君」
「……え?あ、は、はい」
一瞬、ほけっとしたような顔をした後、慌てて千鶴は頷いた。心なしか、ほんの少しだけ顔が赤くなっていて、その可愛らしさに頬を緩める。
「…………おい、大鳥さん」
苦々しげな声に土方を見ると、彼は大鳥の視線から千鶴を守るように立ちはだかった。
「あんまり、こいつを揶なよ。あんまりそういうのに慣れてないんだ」
「揶揄したつもりはないんだけれど。ねぇ、千鶴君?」
大鳥がそういって意味深な笑みを浮かべてみせると、千鶴の頬は益々赤く染まる。何故だろう、時折妙にこの少女をからかいたくなる。からかって、自分の言葉に一喜一憂する様をみたくなるというか。
「揶な、って先刻言ったばかりだが」
「それは、誰のため?」
大鳥の返しに、珍しく土方が押し黙る。面白い、といえば土方も面白い。普段は隙のひとつも見せない堅物な男だが、千鶴が絡むとこうも人間らしくなるというか。くつくつと喉で笑うと「大鳥さん、いい加減にしないと土方さんが」と島田に言われたため肩を竦めて応えた。見ると、眉間に深い皺を刻んだ土方が今にも腰の得物を抜きそうな雰囲気を出していた。それにわたわたとして「お、おちついてください!」と言っている千鶴を見ながら目を細める。確かに、隊士達が言うように、いつかはこの二人のようになれればいいな、と思う。

あの土方がこうも変わるとは、斯くも恋とは恐ろしいもの。





鬼もただの人となるとは
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