まるで雛が親鳥を慕うようだと揶揄したのは、どこの誰だったか。それを聞いた瞬間、原田は「確かにそういわれりゃぁ、そうだな」と苦笑を口元に刻んだものだ。彼女が斎藤に駆け寄るのを遠目から確認して、原田は思わずその事を思い出した。
ぱたぱたと軽い足音を響かせ「斎藤さん」と千鶴が呼びかける。斎藤は名を呼ばれて気がついたとばかりに後ろを振り向いて「何用だ」と問いかける。そんなやりとりを目にして、原田は一瞬、違和感を感じる。……何だ?いつも通りの光景に違いないのに。思わず立ち止り、談笑をする斎藤と千鶴をじっと見る。斎藤あたりは原田に視線に気が付いているだろうが、千鶴は気が付いていないのだろう。何か嬉しそうに報告をしている少女を見ながら、胸の内に広がる違和感に首を傾げるばかりで。きしり、と床板がなる音にはっとする。
「あれ、どうしたの?」
そういいながら近づいてきたのは、沖田だった。誰か居ること自体には気がついていたものの、沖田がここに居ることがほんの少しだけ意外で目を丸くする。沖田はそんな原田の様子を気にした様子もなく、原田が先程みていただろう場所に視線を向け、そうしてあからさまに顔を顰めてみせた。
「随分、仲がよさそうだよね」
何だかイラつくなぁ、とそう言った沖田に原田は苦笑する。沖田は元々子供っぽい処がある。大方、(両方ともが違う意味で)気に入っている斎藤と千鶴が自分の知らない所で仲良くしているのが気に食わないのだろう。こちらが構えば迷惑そうな顔をしてするりと逃げる癖に、構わないと拗ねるのだから扱いが難しいというかなんというか。
「それで?何に首を傾げていたわけ?」
「あぁ、先刻な…」
おおまかな説明をすると、沖田は「何、気がつかなかったの」と苦笑した。
「斎藤君はあれでも新選組の中でも凄い腕を持つよ。そんな剣の達人が千鶴ちゃんに気がつかないわけがないでしょ。それに、千鶴ちゃんが斎藤君をみかければ必ずといっていいほど声をかけるでしょう」
「……何が言いたいんだ?」
「要するに、一君は千鶴ちゃんに「斎藤さん」って名前を呼んで欲しいんだよ」
ざっくりと言われて、一瞬だけ言葉を失う。まさか。まさか、あの斎藤が。そんな馬鹿な。様々な単語が頭を飛び交うが、如何せん、動揺して言葉にすることが出来ない。あの寡黙で、土方の懐刀として優秀な、任務さえあれば非情になれる男が…。だが、よくよく自分の記憶を思い出してみれば、千鶴に名を呼ばれた斎藤はいつもよりほんの少しだけ柔らかな表情を浮かべていたようにも思える。
「まぁ、一君のことだから無意識だとは思うんだけれどね」
「……そうか」
恋をすれば人は変わるというが、ここまで人を変えるとは恋とは実に恐ろしい。原田は談笑している二人に再び視線を向け、お互いに親密そうな雰囲気を醸し出している二人に苦笑した。




ようするに、それは、つまりそういうことなわけで。
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