恋愛には勝ち負けが存在する、というのはご存じだろうか。勝ち負けを決めるのは至って簡単。相手を、相手よりも好きになってしまえば負け。自分よりも相手の方が、自分を好きならば勝ち。それならば、千鶴は間違いなく敗者だ。そもそも千鶴がこの新選組の鬼の副長である男に敵うはずがないのだ。それを千鶴が口にした時、土方は一瞬だけ驚いたように目を丸くして「何、いってやがる」と苦々しく呟いた。
「勝ち負けをつけるっつーなら、俺の方が負けてんじゃねぇか」
不服そうな顔をしながら、湯呑みに口をつける土方に千鶴はむっとする。そんなに余裕な態度で、どうしてそんなことを言えるんだろう。私は、こんなにも余裕がないのに。一緒にされるだなんて、我慢がならないと 千鶴は唇を尖らせた。
「私の方が負けです。決まってます。私の方がずーと!土方さんが好きなんですから!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、お前の“好き”なんて俺にくらべりゃ羽より軽いじゃねぇか」
「な…!失礼です!土方さんなんて私の事を捨てたじゃないですか!」
「捨て…!なんっつー人聞きの悪い事を言うんだ!てめぇは!」
「だってそうじゃないですか!そもそも昔から土方さんは……」
「そんなこと言ったらお前だって総司や原田に……」



そんな言い合いをしているのを遠くから見ている二人が居た。一人は呆れたように、もう一人は苦笑を浮かべて。大鳥からしてみれば“どちらも勝ち”で“どちらも負け”のように見えるのだが。
「……また、やってるのかい、あの二人」
ほんの少し脱力しながら近くに居る島田にそう言えば、彼は人の良い笑みをそのままに頷いた。
「えぇ、またやっているみたいです」
“また”という言葉でわかるように、あの二人のやり取りは今やこの箱館政府の名物となっている。新政府軍には死んでも知られたくないと思うのは大鳥だけだろうか。
「人前だって気が付いているのかな」
「気がついていてもいなくとも副長たちはいつもあんな感じですがね。副長の場合、牽制をこめているのかもしれませんが」
「土方君のそういう抜け目がない所、嫌いだよ。…それで、聞きたいんだけどさ、島田君」
「はい?」
大鳥は自分の肩を掴むように置かれている手をちらりと見た。ぱっと見れば軽く置かれただけに見えるだろうが、実際は結構な力が入っている。そのため、大鳥は土方達のことを邪魔しに…失礼、土方達に話しかけようとするのを阻止されているわけで。
「離してくれないかな、島田君」
「駄目ですよ。だって、俺が離したら大鳥さん、邪魔しに行くでしょう?」
「あたり前じゃないか」
「新選組隊士として、副長の幸せを邪魔することを阻止するのは当然です」
にこり。
いっそ清々しい笑みに毒気を抜かれて大鳥は溜息を吐いた。
「……。わかったよ、邪魔しないよ。邪魔しないから離してくれる?」
「御意」
はぁ、と大げさに溜息を吐いた大鳥の耳に「土方さんが」「千鶴の方が」と言い合う男女の声が聞こえた。




(敵わないのに、なあ)
inserted by FC2 system