ふ、と目の端に彼女の姿が映って原田は自然に「千鶴」と彼女を呼んだ。名を呼ばれた彼女ははたと立ち止り声の方向を見て破顔する。
「こんにちは、原田さん」
とそう言った千鶴の両手には、洗濯物の山が出来あがっている。洗濯物を取り込んでこれからたたむ所なのだろうか、忙しいだろうに嫌な顔をみせずに原田の相手をしようとする千鶴に一種の感慨をうけた。きっと彼女はあと数年もすればいい女になるだろうと思いながら、原田は彼女が隊内で一番懐いている人物を思い出す。原田を含め、他の幹部達も皆、千鶴が何故あの男に懐くのかがわからぬ、と一様に首を傾げている。だからこそ、原田はその疑問に答えを得るべく千鶴に聞いたのだ。 曰く
「―――――――総司のどこらへんがいいんだ?」
と。 千鶴はその原田の問に鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。それから数秒、顔を赤らめて、その顔を隠そうとするように顔を手で覆った。必然的に彼女の手の中にあった洗濯物はばさばさと廊下に落ちるわけで。廊下で聞いてよかった。これが地面とかだったらまた洗い直しすることになっただろうと原田がほっとしている間、千鶴は「な、どうし、え」とか言葉にならない単語を言っている。どうやら原田が千鶴が総司を好いているということを知られていなかったのだろうと思われるが。それにしても
(ばれていないと、思っていたのか。あれで)
いつだって千鶴は沖田の姿を探していた。そうして彼の姿をみつけると、嬉しそうに微笑むのだ。まるで飼い主をみつけた子犬のように(こんな事彼女に知られたらきっと不貞腐れて「酷いです!」というのだろうけれど)そのとき、沖田が薄着をしていれば羽織を持っていったし、彼がぼんやりとしている時には茶を運んだりした。そんな健気な彼女にも沖田は相変わらずの様子だ。気が向けばからかって、悪戯をしたり。(最近は、少し悪戯の内容はマシになってきたが)わたわたとしている千鶴を見ながら原田は苦笑した。確かに、千鶴は可愛い。こんな風に自分の言葉に素直に右往左往しているのを見ると沖田のからかいたくなる気持ちもよくわかる。(千鶴にとってはたまったものじゃないだろうが)
「―――――えがお、が」
「うん?」
小さな声で、千鶴はぽつりと言った。そうして、おもむろに顔を上げる。涙でほんの少し潤んだ瞳を原田に向けてそうして今度ははっきりと口にした。
「笑った時の顔が、好きなんです」
例えば、近藤さんの想い出を話しているときとか、土方さんに悪戯をしかけて成功したとき、とか。斎藤さんと手合わせしているときとか。沖田さんの中で、本当に仲間が大事なのだとそう教えてくれるから。指折り数えながらそう言うと、 千鶴はしあわせそうに微笑む。ほんのすこし瞳を恥じるように伏せ、その頬には朱が散っている。その表情は紛れもない“女”のもので、原田は息を飲む。いつの間に、彼女はこんな顔をするようになったのだろう。
(ああ、もし彼女が自分を想い、こんな顔をしてくれるのならば)
無意識にそう思い、原田が千鶴に手を伸ばした時「何虐めているの」そんな原田の行動を責めるような声が聞こえた。その声に我にかえり、慌てて手を下す。後ろを振り向けば件の人物が冷ややかな笑みを浮かべて立っていた。千鶴は驚いたように沖田を見ていたが、その不機嫌な様子に声をかけかねているようだった。
「虐めていたわけじゃないぜ?」
なぁ、と原田が千鶴に同意をもとめれば千鶴は「はい」と頷いた。ただ単に世間話をしていただけです、そう言った千鶴に沖田は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「大の大人が小さな女の子壁際においつめておいて?」
「お、沖田さん」
窘めるように沖田の名を呼んだ彼女に沖田は一瞥を投げると、彼女に近づき彼女の手首を掴んだ。そうしてそのまま強引に千鶴を連れていってしまう。洗濯物が、と言った千鶴に「佐之さんがやってくれるよ、非番だし」と平然とした様子で返した沖田に原田は肩を竦める。まぁ、心配するなという意味を込めて笑えば千鶴はいたく申し訳なさそうな顔をした。それにしても、と原田は遠ざかっていく沖田と千鶴の背を見てそうして、床に散乱した洗濯物をひとつひとつ、 拾い集めながら原田は喉奥で笑う。
あの色事にはあまり興味のなかった沖田が、ああも変わってしまうとは。




(これだから、女は怖い)
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