千鶴ちゃん、最近 僕に冷たくない?
何だか最近、僕を見かけるだけで逃げるでしょ。 あれ、そんなに驚く顔をするっていうことは僕が気がつかないとでも思っていた?確かに一番初めの出会いは最悪だったと思うよ?僕は君の事を本気で殺そうとしたし、そう言ったし。冗談ですよ、って言ったのは近藤さんが悲しそうな顔をしたからで君を殺しちゃえば一番楽かなあとか結構思っていたし。でもさ、それって昔の話で今は違うでしょ?何だかんだで色々話したりとかしているんだからいい加減打ち解けてくれてもいいと思…あ、ちょっと!まだ話の途中でしょ。待ってよ、なんで逃げるわけ?


―――――――最近、避けられている気がする。
沖田は逃げるように「まだやり残した仕事があるので!」と言って走って行った千鶴を見ながら首を傾げた。何か避けられるような事をやってしまったのだろうか。初めの頃は揶揄いすぎて泣かせる一歩手前までいってしまうことがあったけれど、最近はそんなことはしていない。まあ多少は手伝いの邪魔をしたりとかからかうことはしていたけれど。そんな沖田に千鶴も馴れていたようだったからそれは原因ではないのだろう。 というかなんだか懐かれた犬に手を噛まれたような気分。探しに行ってみようかな、そう思いながら通りかかった平助に沖田は「ねえ、平助」と声をかける。
「あ?何だよ、総司」
「千鶴ちゃん知らない?」
「あー、何かあっちの方で一君と話していたみたいだけれど」
平助があっち、と指差した方向を見て「ありがと」と御礼を言って沖田は足早にそちらの方向へと足を進めた。なんとなくイラつくのはどうしてだろう。なんだか自分の玩具が誰かに勝手に使われたような、そんな心地になる。ざわざわと無駄にざわめく胸の内をよそに、沖田の視界に千鶴と斎藤が見える。なんとなく会話に自分の名前が出てきたような気がして、思わず気配を消して柱の陰へと身を潜ませた。
(なんで隠れているんだろ)
それは無意識の行為だったせいで、沖田は自分でも行動がわからずに首を傾げる。遠目から見て、二人は酷く親密そうに見える。(ああ、面白くない。何故だかは、わからないけれど)ふいに何かに気がついたのか斎藤は顔をあげた。
「総司、何をしている」
「別に?」
気がつかれてしまったのならば仕方がないとばかりに姿を現わせば、気まずいのか千鶴は視線を宙に彷徨わせた。
「ねえ、千鶴ちゃん」
沖田の呼び声にびくり、と肩を揺らし千鶴は取り繕うような笑みを浮かべてみせた。先程、斎藤には穏やかな笑みを見せていたというのにこの差はなんだというのだろう。
「何で僕の事を避けているの?そんなに斬られたいわけ?」
不機嫌なせいで、声が低くなった。そのせいかびくりと千鶴は体を揺らし慌てた様子で斎藤の背に隠れる。きゅ、と斎藤の袖を掴む仕草にイラつき、その仕草に満更でもなさそうな斎藤の様子にも(それは沖田から見て、であって実際、斎藤は顔色一つ変えずに溜息を吐いただけなのだけれども)更に沖田はイラつく。解っていた。解っていたのだ、頭の中では。千鶴は昔から斎藤に懐いていたし、斎藤の前では沖田には見せない笑みを浮かべていた。柔らかく、信頼しきったようなそんな笑みを。敵うわけがない、だなんてわかりきっていたことだ。苛立ちの後に沖田を襲ったのは、やるせなさ。
「…………そんなに、僕の事が嫌い?」
声色が変わったのがわかったのか千鶴は顔をあげて、そうして瞠目する。驚いたようなその顔を見るのが腹立たしくて、沖田は「もういいよ」と笑みを浮かべると踵を返した。ざり、と砂利の鳴ったその時「違います!」と慌てた様子で千鶴は沖田の着物の袂を掴んだ。
「私、沖田さんの事、嫌いじゃないです」
「別にいいよ、もう。僕はもう君に近付かない。それでいいでしょ」
沖田は千鶴の顔を見ずにそう言い切ると「離してよ」と冷たく言い放つ。それに一瞬だけ着物を掴んでいた手の力が緩むけれど、すぐに握りなおされる。
「違うんです、沖田さん。その、これには事情が」
「事情って何の?」
千鶴の顔を見ないまま、沖田は問う。その問いに千鶴は一瞬言葉を詰まらせた。
「――――――言えないの?」
「言えないわけじゃないですが、その、説明するのに時間がかかるといいますか」
千鶴は必死に沖田を説得しようとするが当の沖田はというと「ふうん」とよくわからない相槌を打って「じゃあさ、千鶴ちゃん」顔を見ないままで唇を開く。
「僕のこと、好き?」
「え」
「やっぱり嫌いなんだ、僕の事」
「す、好きです!大好きです!だから」
「――――ほんとうに?」
そこまで来て千鶴はようやく違和感に気がつく。「……沖田さん?」とおずおずと彼の名前を呼ぼうとした所で千鶴が沖田の着物を握っていた手を掴まれ「え?」いつの間にか彼の腕の中。その間わずか数秒。目を白黒とさせている千鶴の耳元で沖田はいつもの(それはもう千鶴が恐怖を感じるような類の)笑顔を浮かべてみせた。そして一言。
「つーかまーえた」
「………えーと」
騙されたのだと気がつくのに数秒必要だった。ぱちぱちと睫毛を上下させて、助けを求めるように斎藤を見れば「……馬鹿馬鹿しい」と溜息を吐いて、彼は背を向けた。
「さあ、邪魔者が居なくなったんだからゆっくり話を聞かせてよ」
「……。どうしても言わなくてはいけませんか」
「うん?無理して言わなくてもいいよ?言いたくなるようにしてあげ」
「言います!言いますから!!」
不穏な言葉に慌てて必死に首を横に振った千鶴に沖田は口端をあげて「そう?」と小首を傾げてみせた。
「じゃぁ、とりあえず千鶴ちゃんの部屋に行こうか」
「え、何でですか」
「場合によってはお仕置きとかしなくちゃいけないから」
「お、お仕置き…?」
「そう。もう今後こんな事がないように、しっかりと…ね?」
ここだと誰かに邪魔されちゃうかもしれないでしょう、沖田がそう言えば千鶴は顔を引き攣らせながらも諦めたかのように項垂れた。その様はいつもの千鶴で、千鶴の手を引きながら沖田は笑う。
「先刻は不機嫌だったのに」
ぶつぶつと文句を言っている千鶴に沖田は「そうだったっけ?」と目を細めた。沖田は千鶴の小さな手を感じながら沖田は千鶴に見られないようにこっそりと溜息を吐いた。好きって言われて全てがどうでもよくなったなんてソンナコト、君に言えるわけがない。というか 他の誰に知られたとしても、




(君だけには知られたくないなあ)
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