その日は朝から、ちらちらと雪が降っていた。 斗南では決して珍しくはない光景であるが、空から白い欠片がふってくるその様は何度見ても神秘的で美しいものをみているように思える。例え、その代償といわんばかりに寒さが尋常でないとしても。縁側に腰をかけ、じっと、その欠片がどこから降ってくるのかと見極めようとしているかのように空を凝視している夫によくも飽きないものだと呆れたような顔をして女は「一さん」と夫の名を呼んだ。体を冷やしてはいけないと、熱いお茶とともに羽織を持ってきてよかった、と千鶴は息を吐く。 確かに千鶴も雪は綺麗だとは思うが、そのせいで斎藤が風邪をひくとなれば話は別だ。 「そんなに薄着をしていると、風邪をひいてしまいますよ」 「別に、寒くはない」 「そんなことを言って。この前だって、部屋に戻られた時にくしゃみが聞こえましたよ」 やわからく窘めれば、斎藤は実に気まずそうに首を縮めた。それはまるで子供が悪戯をみつかって母親にしかられた時のような反応だった。千鶴はふふ、と笑いながら、夫の背に羽織をかけてやる。藍色のその羽織は千鶴がいつも薄着ばかりの彼のためにと一から仕立てたものだ。落ち着いた色は彼にとても似合っていて、自分の見立ては合っていたとほんのすこしだけ千鶴は誇らしい気分になる。 斎藤の隣へと座れば、じっとこちらを見る視線を感じた。 「千鶴」と彼は慎重に言葉を紡いだ。 「はい?」 「寒そうだ」 「え?私ですか」 「ああ」 きょとんとした顔をして己を指差した千鶴に斎藤はこくりと頷く。斎藤とは違って、千鶴はきちんと何枚も重ねているため別段寒さは感じていないのだけれど。意図を問うように斎藤をみれば、彼はどこかそわそわとした様子で視線を宙に彷徨わせた。 何か言いたそうな、けれども言いたくなさそうなそんな様子に千鶴は首を傾げる。 「一さん?」 「何だ」 「いえ、何だかこう…挙動不審というか」 「そんなことはない」 首を振った斎藤に「そうですか?」と胡乱気な眼差しを向け、まあいいかと千鶴は思った。それから己の服装を見て、別段斎藤の様な薄着をしているわけではないことを確認する。 「一さんとは違って、私は薄着をしているわけではないんですけれど」 「だが」 そういって、斎藤は徐に千鶴の手をとった。ほんのすこしだけ千鶴よりも温かなその手に (というより、どちらも似たような温度のような気がするのだけれど) 、千鶴は睫毛を上下させる。 「こんなに、冷えている」 剣を握るわりには綺麗なその手が千鶴の手の輪郭を確かめるように動く。一見、温めているようにも見えなくないが、良く良く考えれば近くに入れたばかりの熱いお茶があるのだから暖をとるのならばそれに越したことがないと思うのだけれど。頭の回る人だから、そんなことくらい解っているだろう。ようするに、これは暖をとる目的ではなくて。 「……一さん」 妻の呆れたような声に、夫は拗ねたように顔を背けた。けれども、手は離れることはなく繋がれたまま。ふいにその温度が愛しくなり、千鶴はゆるく繋がれた手を握り返した。斎藤はその仕草に一瞬驚いたように目を丸くした後、ふわりと他の者には滅多に見せぬ(とはいっても、千鶴は良く見るのだけれど)笑みを浮かべた。 確かに、思い合う者同士がこんなに傍に居るのだから、これは正しい暖の取り方かもしれなかった。 霜降る指に繋ぐ |