「ガキだな、てめえは」
呆れたような言葉に千鶴はむっとしたような顔をしてみせた。実際、酷く心外だった。
「そんなことないです!土方さんが乙女心をわかっていないだけです!」
「…。悪い、俺の聞き間違いかもしれないんだが……どこに乙女が居るって?」
「目の前に居るじゃないですか!」
は、と鼻で笑うような言い様に思わず千鶴は抗議すれば馬鹿にするような視線で見られた。むくれて、ふいと顔を背ける。先程まで熱かったはずのお茶がほんの少しだけ冷めているのを見て、こんなふうに自分の気持ちも冷めることが出来たら良いのになあとほんの少しだけ、思った。

物語のような恋に憧れていなかったといえば嘘になる。だけれど、きっと自分はそんなものとは程遠いのだろうなあとぼんやりと思っていた。
だからかもしれない、自分を襲ったその感情が恋だとは、はじめは気がつかなかった。気がついた時だって、その感情は憧れだとか思慕だとか、そんなものではないような気がした。初めから、恋に恋をしているような、そんな幸せなものではなかったからかもしれない。ただ切なくて、そのひとを思うだけでまるで自分の心臓に刃物を突き付けているような、そんな感覚ばかりがした。絵巻物に描かれる恋は全部金平糖のように甘かったはずなのに、なんて。そんな風に思ったこともあったけれど。

自分の想いを自覚して、けれど“だから何だろう”って思った。初めから報われたいとは思っていなかったし、自分が彼の重荷になるくらいならばこの想いをなかったことにしよう、と思った。初めから、敵うはずのない恋だった。けれどやはり自分も女なのだろう、彼のために何か出来ることはないだろうかって、そう考えて、自分の情けなさだとか、手の小ささだとかに溜息を吐いて。
私の好きになった人というのは、私の落ち込んでいる様子を見たわけでもないくせに、それを見越したように「お前はお前の出来ることだけをやればいいんだよ」なんて言ってしまう人だから。頭をぐしゃりと撫でて、いつもは眉間に皺ばかり浮かべているくせに、ふわりとこちらが驚くくらいに柔らかく笑う。その笑顔を見る度に、自分が空回りしていることに気がついて、ほんの少しだけ悲しくなる。でも、どんなに悲しくても、報われることがなくても好きだった。

この感情を捨て去ろうと思ったことも、一度や二度じゃない。でも、いくら捨て去ろうとしたって捨てきれるものじゃなくて、ずっと好きで、好きで、たまらなくて。馬鹿な女だな、って、そう言われるたびに愛しくて、切なくて泣きたくて、でも泣けなくて。聡い人だから、きっとこの人はこの感情に気が付いているんだろう。けれど、気がついていないフリをしてくれている。それならば、私もそれと同じようにそのことに気がつかないふりをしなくちゃいけない。

だから、笑う。

何もなかったように、笑う。

それしか、出来ないから。


「千鶴?」
押し黙った千鶴を見て、土方は眉を寄せる。その視線にはっとして、それから慌てて笑みを貼り付けた。安心させるために笑顔を向けたのに、土方はその笑みを見て不機嫌そうな顔つきになる。
「無理して笑顔作るんなら初めから笑うんじゃねえよ」
「無理してなんて」
「してんだろうが」
はあ、と溜息を吐いて土方は手を伸ばした。わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられ、千鶴は泣きだしそうになるのを堪えて唇を噛んだ。応えてくれないというのならば優しくしないで、そう言えたらどんなにか楽だろうか。温かな手のぬくもりを感じながら、千鶴は逃げるように目を伏せた。





知らない恋を愛せない
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