風間千景という男は、千鶴が思っていたよりもずっと優しい男だった。出会う前はそれこそ…いや、今でも性格に関しては首を捻ることが多々あるけれども、彼は意外にも…そう、ほんとうに意外なことに優しかったし、千鶴を気遣ってくれた。彼と付き合っていく中で“なんというか、猫のような人だなあ”という感想を持った。新選組の中でも一番組組長である沖田も結構猫っぽい気質だったけれど、それとはまた別のようなものに感じる。沖田は近藤という名の飼い主がいたから猫とはいっても飼い猫の部類であったのだとすれば風間千景は野良猫のようなものなのではないだろうか、と千鶴はそう考えている。 飼い猫と野良猫。 成程、だからこそ彼らは(敵同士とはいえど)相性が悪かったのだろうとなんとなく納得して可笑しくなった。どうやら猫にも様々な種類がいるようだと千鶴はこっそりと笑った。



宛がわれた宿の窓から風間の姿が見える。彼は彼で見目(だけ)は良いからか、良く女性に声をかけられている。今も、そうらしく美しく着飾った女はしきりに何か風間へと話しかけている。意外なことに、風間は女に対しては優しいらしい。普段は慇懃無礼な態度なのはあまり変わらないというのに、それがほんの少し抑えられているというか。その様子は見ていてとても楽しいけれど…
「複雑そうな顔をされていますね」
天霧の揶揄うような声色に「そうでしょうね」と千鶴は眉を寄せる。不知火も興味深そうな顔をして千鶴の方へと顔を向けた。

「騙されている女の人が可哀想で」


「……」
「ああ、今すぐ教えてあげたい。あの毒牙にかかる前に…って、あれ。何ですか、天霧さん?変なこといいましたか、私」
首を傾げ、問えば天霧はほんの少しだけ引き攣った表情を浮かべた。
「いいえ、その…なんといいますか」
「悲しいくらいに脈がねえなあって」
「……脈?」
睫毛を上下させて、首を傾げる。不知火は呆れたような顔をして千鶴を見た。
「お前、鈍感とか天然とか言われなかったか」
「何で知ってるんですか」
どこかで見られていたかとぎょっとした顔をする千鶴の答えにやっぱりな、という顔をして不知火は黙り込んだ。いったい何だというのだろう。再び風間の方へと視線を向ければ、そこには誰も居なくなっていた。どこへいってしまったんだろうか。やはり猫はすぐに目を離すとどこかへと行ってしまうんだなあと思いながらぼんやりと人通りを眺めていれば頭を小突かれた。
「………。何です、風間さん」
いつの間に帰ってきていたのだろう。
「なんだか無性に腹が立った」
「もしかして聞こえましたか、会話が」
「……さあな。聞かれたら不味いことを話していたのか」

むっとした顔にあーあ、といわんばかりの不知火に無視を決め込む天霧。なんともいえないぴりぴりとした空気の中でほんのすこし、ほんのすこしだけだけれども風間がここに居ることに千鶴は安心した。それはきっと、野良猫がこっそりと自分にだけ撫でさせてくれるという優越感に似た何かでありそれ以上では無いと思い込んだのだけれど。






気付かれないままごと
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