ぐず、じゅくり。
生々しい水音が部屋に響く、吐き出される熱い息は決して飲みすぎた酒だけのせいではないはず。既に衣服の意味をもたなくなった着物を体に纏わりつかせるだけのはしたない恰好で男の腹へと跨り、腰を動かすたびに聞こえる音は生々しい。ひぅ、ぁ。言葉にならぬ音が勝手に口から出て、自分では止めることはできない。ああ、どうしよう。これは、いけないことだ。いけないことを、している。いけないことをしている、と頭は感じるはずなのに体は快楽に忠実だ。己の中に入っている男をきつく締めあげれば、男は酒によって仄かに潤んだ瞳を細め、喉奥で笑った。今、この世界には千鶴と土方しか存在していない、そんな気がした。深々と降り続ける雪、雪、雪。白いそれらは、外の世界と中の世界を隔離している、そんな気がして。

コツコツコツ。

ふいに廊下に足音が響き、現実に戻される。その足音はどんどんと大きくなってきて、千鶴ははっと我にかえり慌てて土方の上から退こうとした、が。
「まだ俺は“退け”なんて言ってねえぞ」
「…っ、」
土方はそういうと、くつくつと愉快そうに笑いながら、千鶴の腰を掴み、沈める。ぐじゅり。生々しい音、腹の中の圧迫感に千鶴は背をのけぞらせた。もし聞こえたら、もし、扉をあけられてしまったら、いくつも想像するたびに心の底から恥ずかしい、と思うのにどうしてもこの声に逆らえない。ああ、もう。ふるりと震えた千鶴を見て、土方は目を細める。酒に酔っているのか、とろんとしたような表情。
「ひじかたさ」
「……どうした?」
わかっているくせに、それなのに素知らぬふりでわざとらしく聞いてくる土方に千鶴は顔を顰める。もう、ゆるしてください。弱弱しく吐きだした千鶴の言葉に土方はそっと千鶴の耳朶に唇を寄せた。

「――――俺はまだ、やめていいとは言ってねえ」

その端正な顔に嗜虐的な笑みをもって、ほら、はやく、と土方が囁けば千鶴に“否”とは唱えられぬ。そう躾けられている。千鶴の存在意義は彼なのだ。彼が望むのならば、どんな行動だってしなければいけない。くつくつと満足げに笑う声にすら、官能が呼びさまされるように教育されている。彼の笑い声に、小さく震えて腰を上げた。くちゅり。いやらしい音に、ごくりと喉がなる。何故、こうもこの人はお酒が入るとこんな風になるんだろう。何かいやなことでもあったのか、千鶴が大鳥の部屋から帰った時珍しく彼はお酒を飲んでいて、そうして帰ってきた千鶴を押し倒してきたのだ。そうして、それから、どうして、こうなったんだっけ。決して彼とこういう行為にいたるのは初めてではないとはいえ、だからといってここまで余裕がなくなるのも珍しい。ああ、でもこの状況ではお酒でものんでいなければやってられないのかもしれない。

“千鶴ちゃん、気をつけてね。この人、酒癖が悪いから”

ふいに沖田さんの笑い声を思い出して、こんなことになるのならばもっと気をつけていればよかった、早く帰っていれば、と思った。のが、いけなかった。前置きもなく、土方が千鶴の中、奥深くまで入り込んでくる。
「っぁ」
「――――――今、何を考えた?」
「ごめ、なさ…!」
慌てて意識を戻そうにも、もう遅い。まるで羽を毟り、己の手から逃れなくなった蝶をみるような無邪気な視線にぞくりと背に何かがはしる。ああ、酔っている。その時、はじめて自分も酔っていることに気がついた。こんなにも可笑しくなっていることに気がつかなかったなんて。ぐらりとする視界、彼の首に腕をまわして、抱きつく。もう、なんでもいい。どうなっても、いい。この人になら、この人にだけ、

「仕置き、しないとな?」
楽しげに囁く声に、音に、快楽からか、それとも恐怖からか、目から零れる涙を大きな手が優しく拭った。




もうどうしたら良いのか分からない
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