沖田さんが考えを改めるまでは口を聞かないんですから!そういって机に向かってしまった恋人を見ながら沖田はさてどうしたものかと頬杖をついた。好きな子ほど虐めたい、とはよくいったもので、よく沖田は千鶴を構いすぎてこうして怒られることが多々ある。

あまり性格の良いことではないかもしれないが、正直千鶴の言葉はどれも良い感じに嗜虐心を刺激すると言うかなんというか。どうやってからかってやろうか、とかどうやったら千鶴を降参させることが出来るかとかそんなことを考えてしまう(もとより、素直にあやまる気などない)それを彼女は誰よりも知っているはずなのに、それなのに沖田を喜ばせるようなことをするのは彼女も望んでいるからではないかと思ったりもして(そんなことはあるわけがないだろうが)


はあ、と大げさに沖田が溜息を吐けば、ぱらぱらと辞書を捲る音が聞こえる音が一瞬止んだ。ちらり、と沖田が視線をあげれば千鶴は慌てた様子で辞書へと視線を戻し、そうして再開する。千鶴のことだからきっと沖田を傷つけたんじゃないかとか、強く言いすぎたんじゃないかとか考えているに違いない。現に、千鶴の表情はほんの少しだけ昏い。

かりかり、シャープペンシルが紙を引っ掻く音とぱらぱらと辞書を捲る音。真面目だなあ、ぼんやりとその様子を見ながらそんなことを思う。よくよく思えば、昔から彼女は真面目だった。手抜きをしても良いところで手抜きをしないというのはよく言えば真面目であり、悪く言えば要領が悪いということだと思うのだけれど。
先程買ってきた(とはいっても買ってきたのは平助で沖田がかったわけではない)パイナップルジュースにぶすりとストローで穴をあける。途端に広がる南国の香りに千鶴は一瞬興味をひかれたようだったけれど、先程のやりとりをまだ覚えているようで頑なに沖田の方をみようとしない。とはいっても、彼女が沖田を意識しているのは丸わかりだったのだけれども。彼女のカバンについているガチャピンのぬいぐるみ(あぁ、そういえばこれも平助が土産にと買ってきたやつだっけ)を引っ張りながらぼんやりと考える。

彼女は今、幸せなんだろうか、もしかしたら沖田ばかりが幸せで、実際、彼女が不幸だとしたら?そんな疑問が浮かび、こちらの方を向かずにいる千鶴がこのまま沖田を見ないようなそんな気がして、ふいに恐ろしくなった。


「千鶴、」

切羽詰まった声に、今まで聞こえぬふりをしていた千鶴は迷わずに顔をあげた。沖田はようやく見えた顔にほっと安堵の息を吐く。千鶴のシャープペンシルを握っていた手を握り、その手が温かいことを確かめて、そうしてようやく、表情を緩める。

「――――――――なんでもないよ、ごめんね」
「何が“なんでもない”というんですか」

そっと離そうとした手は、小さな手によって留められる。目を丸くした沖田に、ほんの少しだけ語気を強めてそういうと、千鶴はまっすぐに沖田を見た。

「総司さんは、大丈夫ではないときに“なんでもない”というじゃないですか」
「そんなことないよ」
「そんなことあります!」
そういうと、ほんの少しだけ泣きそうな顔をする。
「……もう少し、自分を大事になさってください」
「そんなに僕は自分を蔑ろにしているように見える?」

思わず苦笑すれば千鶴は真面目な顔をしてこくりと首を縦に振った。泣きだしそうな顔。仕方がないなあ、そう言いながら自分の腕の中に千鶴を閉じ込める。いきなりの事に目を丸くしている千鶴に沖田は笑う。


「じゃあ、君が僕を大事にしてあげて」




その代わり、僕が君を大事にしてあげる。
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