――――――――夢を見ていた。何の夢だったかは覚えていないが、幸せな夢だった。ふわふわとしていて、そうして酷く甘い夢。唐突に、パン、という何かが弾けるような音に平助はうつらうつらと夢現を漂う意識を浮上させる。音源へと目を向ければ、千鶴が洗濯物を干していた。青空、燦々と照らす太陽に、まっしろな洗濯物。平和だなあ、と平助は思った。実際は、そんなことがないのは解っていたけれど。日ごろに勢いを増す反幕府派、巡り巡る政略、それら全ては日に日に悪化している。けれど、そんな昏考えにはあえて目を瞑り平助は千鶴へと声をかけた。

「千鶴はさあ」
「うん?」
声をかけられ、振り向いた千鶴に平助は続ける。
「青空が似合うよなあ」
「折角、起きたとおもったのに、まだ寝ぼけてる?」
心底不思議そうな顔をして返された。思わず、むっとして「寝ぼけてねーよ!」平助は唇を尖らせた。
「なんか、似合うなあって思ったんだ。洗濯物干している姿とか見てたら平和だなーって。この時期に平和も何もねえんだけれど」
「……そっか、ありがとう」
そういって何も知らないフリをして笑う千鶴を見ていると、安心する。千鶴は何もいわない。どんなに平助の手が血で汚れていたと知っていても、何にも見ていないフリをして笑う。それがどんなに嬉しいことか、そうして難しいことか彼女は知っているのだろうか。京の人間は皆新選組を鬼だ人斬りだと嫌煙している。それなのに、千鶴は。平助が一人で考えている間に、千鶴は最後の1枚を干してしまう。ぱたぱたと風にはためく洗濯物をみて満足げに頷いた千鶴に平助は思うのだ。平和だ、と。千鶴には青空が似合う。自分には、似合わないけれど。平助は夜だ。月のない夜。灯りも何もない所で気配なく近寄り、そうして刀を振るう。血飛沫があがる、出来る限り服につかないように斬りつけ、そうしてその命が完璧になくなったのを確認して、そうして。
「平助君」
「うおっ!?」
はっとすれば驚くほど至近距離に千鶴が居た。思わず距離を取ろうとして後ろに下がろうとし、勢いあまって後ろへ倒れた。ごん、と縁側の淵におもいきり頭をぶつける。
「いってぇ」
「………大丈夫?」
「ん、まあ」
今の自分には丁度良いだろう。軽く瘤になったかもしれないが。寝転がりながら見ると、酷く空が青かった。起き上がってこない平助を心配して「平助君?」千鶴が顔を覗き込む。ああ、やっぱり。
「やっぱり、お前には青空が似合うよ」
出来ることなら、このまま青空が似合う彼女を守りたいと平助は思うのだ。それは傲慢なことではないと思いたい。自分が青空となることは出来ないけれど、それでも彼女を守る力ぐらいはあるつもりなのだから。けれど、そんな思考を千鶴が止める。
「平助くんの方が青空が似合う気がするけれどなあ」
「は?」
「いつも明るくて、皆を元気にしてくれて、周りに気を遣ってくれて、優しくて、お日様みたいだなあって私は思うよ」
まるで愛の言葉みたいだ、なんて柄にもないことを思った平助は瞬く間に顔を赤く染める。千鶴に見られてはたまらないと顔を背ければ、そんな平助の様子をみて「どうしたの?」と不思議そうな声が聞こえる。そのまま覗き込んでこようとした千鶴から逃げるように「用事を思い出した!」と平助は飛び起きて外へと向かった。ついでだから、頭を冷やしがてら何か千鶴の喜ぶような甘味を買ってこよう、ふとそんな思いつきをして平助はその思いつきがとてもいいものだと思った。そうしたら二人でお茶をして、様々なことを話すのだ。彼女が平助を夜ではなく“太陽”だと言ってくれるのならば、そうなるように努力したいと平助は思う。彼女のことを守るのは平助。だとしたら、青空と太陽、その組み合わせは、とてもいいもののように思えた。





青空と太陽
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