雨の音が耳に届いて、目が覚めた。
ざあざあと降り続く雨に千鶴は身を起こして、そうしてまだ朝から程遠い時間であることをしる。再び布団へと体を沈ませても、どうにも体が冷えて眠れそうにない。はあ、と溜息を吐いて千鶴はそっと抜け出した。戊辰戦争が終結し、江戸へと戻って医者のまねごとのようなことをして1年。その後に風間が千鶴を迎えに来て、そうして祝言をあげた。元より父がいなければ天涯孤独だったし、それはとても目出度いことなのだろう。出来ることならば、父に今が幸せであると伝えてやりたかった。もっとも、父を殺したのも、また千鶴なのだけれども。もしも千鶴が雪村の家に生まれていなかったら、直系でなければ、女でなかったら、父と静かに暮らしていたのかもしれない。いくつもの“もしも”を考えては千鶴は泣きたくなる。頭を冷やそう、隣で寝ていた夫を残し外に出て縁側に腰をかけて空を見上げる。どんよりとした灰色の雲、何が悲しいのかずっと泣きつづけているその様を千鶴は見る。すると、
「何をやっているんだ、お前は」
と後ろから声をかけられ、千鶴は慌てて後ろを振り返る。そこに居たのは寝ていたはずの夫だ。剣を扱う人間というのは気配に鋭いのだということを今更思い出し、起こしてしまったことに千鶴は体を縮こまらせた。
「すいません、起こしてしまいましたか」
「別に謝ることじゃないだろう。お前に落ち着きがないのはいつものことだ」
言いながら、風間は手にもっていた上着を千鶴へとかぶせた。乱暴な言葉とは裏腹に、その仕草はとても優しい。千鶴は思わず苦笑する。
「ありがとうございます」
「―――――――ふん」
風間はふいと横を向き、千鶴が見ていた方向へと視線を向ける。穏やかな沈黙に千鶴は目を閉じる。
「何か、あったのか」
「え?」
「夜中に起き出すような何かがあったんだろう」
緋色の目に見つめられ、千鶴はゆっくりと2度、目を瞬かせる。瞳の奥にあるのは心配の色、ただそれだけで千鶴は慌てて「別にそんな大したことではないんですよ」と否定する。
「どうにも、体が冷えて眠れなくて」
疑わしげな視線の先、千鶴は「ほら」と己の手を風間の手と重ねる。どうやら、風間は案外、体温が高かったらしい。本能的に暖をとるために千鶴は風間の手を握った。
「あったかい」
「……俺は冷たい」
「あ、すいません」
「温石を用意して貰えばいいだろうに」
とってくる、と風間は溜息を吐いて、立ちあがる。どうやら風間が用意してくれるらしいと気がついて千鶴は「自分で行きます」といえば緋色の瞳に睨まれた。
「お前のせいで、俺の体が冷えたから自分のために取ってくるだけだ」
「じゃあ、尚更私が行きます」
「お前は先に布団を温めていろ」
言うだけ言って、消えてしまった風間に千鶴は苦笑した。どうやら、次は寒さで目が覚めることはなさそうだ、と。いつの間にか雨は止み、月が雲間から顔を出し、きらきらと輝いていた。






どしゃぶりの真ん中で
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