彼女に「本当に幸せなのか」と問いたくなるときがある。 どうしたって斎藤という人間はあまり融通がきかなかったし、そうして真面目であるというのは一見、美徳に聞こえるかもしれないが、頑固というのと表裏一体でもある。お世辞にもあまり良い男とは言えない自分を、どうして彼女は選んだのだろうと不思議に思う。そうして、後悔していないのだろうかとも。もしも後悔していると言われたのならばどうするべきか、斎藤は悩む。彼女のためならば、手を離すべきであろうが、けれどもどうしたって彼女が居ない生活など考えられなくて。だからこそ、「幸せなのか」と問うことが、出来ずにいる。 (こんなに、俺は弱かっただろうか) 目を瞑れば、世界は簡単に闇へと変わる。見えていたはずの世界が閉ざされ、けれどもそれにより見えないものも見えてくる。例え視界がなかろうと耳で、肌で感じる世界というものは存外に大きいモノである。斎藤は徐に刀に手をやる。深く息を吐き、そうして目蓋を開けると同時に一気に刃を抜いた。きらり、陽光に鈍く光るソレは軌跡を描き、そうしてその跡をしめすように桜の花弁がふたつに裂かれていた。ひらひらと抗議をするように斎藤の足元へと散った花弁に溜息をひとつ。 女というものは、一瞬、一瞬、変わって行くものだ、と酒を飲む席でそう語っていた原田を思い出す。言われてみれば、そうだった。初めて出会ったときは、それこそ、幼い子供のようだった彼女が、屯所で時を重ねるごとに女へと変化した。斎藤さん、とそう呼び、斎藤の背を追うのは変わらなかったけれどそれは今から考えてみると結構な変わり様だったように思える。それは、例えるのならば蛹が蝶になるが如く。 「一さん、どうかなさいましたか」 ひょこりと顔を出した千鶴に「いや」と斎藤は言葉すくなに否定し、首を振る。 「腕が鈍ったような、そんな気がしただけだ」 「一さんが?」 驚いたように目を丸くした千鶴に斎藤は憮然とする。 「鍛練をせねば、腕は落ちる。道理だろう」 「あぁ、そうですね。一さんらしいです」 そういって笑った少女は、そうして斎藤が驚くようなことばかりを平気で口にする。 「私も、一さんに稽古をつけて貰ったほうが良いかもしれないですね」 「―――――――なんだと?」 瞠目した斎藤に「いけませんか?」と千鶴は首を傾げた。 「千鶴が稽古など、して何になる」 「昔はつけてくださったではありませんか」 「あの時はあの時だ。今と昔では状況があまりにも違いすぎるだろう」 「……そんなに私に刃を持たせたくありませんか?」 確かに私では一さんの相手にはならないでしょうが、と眉を寄せた千鶴に斎藤は「そういう問題ではない」と溜息を一つ。 「お前が刃を持つ必要はないだろう」 「もしかしたら必要になるかもしれませんよ」 「お前の手には似合わん」 「……そういう問題ですか?」 「お前が刃を持つような状況には、俺がさせん。それならばいいか」 「一さんって、よくわからない所で頑固になりますよね」 斎藤が折れないことがわかったのか、千鶴はあっさりと引き下がる。それによって、ほっとした斎藤がわかったのか千鶴は苦笑する。そうして、ふと外へと目をやり表情を綻ばせた。 「桜ですか、斗南にも咲くのですね」 広げた掌の上、その上へとゆるやかに落ちてきた花弁に視線を落として千鶴はしみじみと呟いた。 「きれいですねえ」 「そうだな」 「来年も見たいですね、二人で」 「あぁ」 言葉少なに頷けば、彼女はけれども幸せそうに微笑えんだ。それを見て、斎藤は苦笑する。幸せか、と斎藤が問わずとも彼女はいつだって斎藤に応えてくれている。それを忘れていた自分が、恥ずかしくなる。目を伏せ、そうして斎藤は小さく微笑った。 「そうだな、来年も」 しあわせを夢見る光に |