京の夏は暑い。江戸に居たころより人に聞かされていた事実はけれど、実際に体験してみると辟易してしまう。ふう、と千鶴は額に浮いた汗を手の甲で拭った。家事というのは、動いているために結構な労力を使う。一見、簡単そうにも見える作業だが実際にやってみると家事というものは力仕事が多いのだ。しかもその力仕事をこの暑い中にこなしていると少ない体力のほとんどを持っていかれてしまうと言うか。けれど、まだ千鶴はマシな方なのだろう。なんたって、千鶴が居候しているは天下の人斬り集団≠ナある新選組の屯所である。京の平和を守るために今日もこの炎天下の中に見回りを、
「あれ、千鶴ちゃんだ」
「…沖田さん?あれ、何でこんなところに」
「だって暑いんだもん。こんなに暑いんだから攘夷派だって動かないよ」
「……」
見回りをしている、はずである。沖田以外は。というかそもそもこの目の前に居る沖田という人は新選組の中でもかなり偉い人なわけで、そんな人が白昼堂々とサボっていてもいいのだろうかとも思わないわけでもないけれど千鶴にはそんな命知らずなことはできない。
「千鶴ちゃんは真面目だねえ」
千鶴の言いたいことがなんとなくわかったのか、沖田はからからと笑った。沖田に真面目だねと言われるとなんとなく馬鹿にされたような気がする。む、とした千鶴に沖田はおやと首を傾げ、それから再び笑って千鶴の頭を撫でまわした。撫でる、というよりも髪をぐしゃぐしゃにされた感が否めない。
「お、沖田さん!」
「そんないい子の千鶴ちゃんにコレをあげよう」
「え?」
「はい」
千鶴は沖田の手にあるソレを見つめて目を丸くした。沖田の持っているものは、透明な袋だ。水の入っている袋に、魚が泳いでいる。金魚だ。 話には聞いたことがあったし、遠目からみたこともあったけれども実際にこんな近くで見るのは初めてだ。まじまじと観察してしまう。

「それ、どうしたんですか?」
「さっき、貰ったんだよ。僕はこういった生き物の面倒をみるなんてことはできないからね」
はい、と手渡されて千鶴は金魚に目が釘付けになった。ひらひらと背びれをゆらめかして泳ぐ金魚は気持ち好さそうだ。見ているだけで、涼しげな気分になる。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」
にこり、と笑って沖田は「じゃあね」と背を向ける。千鶴は目を瞬かせた。
「沖田さん、どこへ行くんです?」
「見回りー。流石にこれ以上サボると土方さんに怒られるからね」
ひらひらと手を振り、外へと続く玄関へと沖田は消える。そうしてそこには千鶴と、袋の中で泳ぐ金魚しかいなくなった。もしかして、と千鶴は手に持っていた袋を見ながら考える。もしかしたら、わざわざ見回りを中断して千鶴にコレを持ってきてくれたのだろうか。まさか、とは思いながらきっと真実は沖田の口から聞くことはできないだろうとも思うわけで。千鶴は視線を下へと落とした。


ひらひら、ゆらゆら。

揺れる赤い帯は水の中。

きっと袋の中に詰まっているのは甘い甘い、砂糖水に違いない。





赤い金魚と砂糖水
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