遠い遠い昔の話だ。それは確かに僕であり、そうして僕じゃなかった。そうしてキミもキミじゃなくて、そうしてキミだった。その、僕ではない僕とキミではないキミ。その二人は恋人で、だからといって今現在の僕らが恋人になるだなんてそんな決められたわけではない。だって、今は今、過去は過去なんだからね。キミは頭が良いからきっとそれをよくわかっている。でもね、それはもう一方で、今の僕とキミが恋人になってもいいというわけでもあるんだ、そこらへんはいいよね?

こんにちは、沖田総司です。うっかり現代、ある種の部類の人間にとっては有名でもあり、そうして逆賊といわれてしまえばそれまでの新選組の一番隊隊長……と、同じ名前ですがあまり関わり合いなどはありません。と、いいたいところだけれど実は前世がそうでした。
こんなことをいったら「頭がイカレてるんじゃないの?」といわれかねないけれど実際そうなんだから仕方がない。というか、どうやらこの僕が通っている学園ではそういった人間が多く集まってるらしい。否、集めている≠フかもしれないけれど。とはいっても、昔からそういった企み事には興味がないため放っておいている。まあ、死なないというか僕に実害がなければいいよ、勝手にやれば?というスタンスである。典型的な日本人の例である。なにがわるい。

それにしてもかくも運命というものは不思議なものだとしみじみと思う。階段を降りながら、ふとそんなことを想う。
「沖田先輩?」
「……あ、千鶴ちゃんだ」
「はい、千鶴です」
そういって、にっこりと笑う歩く人間誑しは僕の妻です。……前世で、だけれど。とはいっても、彼女にもその記憶はきっちり残っているのでもう公認カップルっていうか、将来的には妻になる予定。多分。彼女が僕に愛想をつかさなければの話。僕が、ではなく千鶴が、というところは重要だ。だって、僕は絶対に彼女に飽きることはないんだから。

「どうしてこんな所にいるんですか、総司さん」
二人きりなのを確認して、千鶴は僕を総司さん≠ニそう呼んだ。だから僕も、それにならう。ほんの少しこそばゆい気分になるのは、千鶴にはナイショ。
「散歩だよ。千鶴は?」
「土方さんに部活の日誌を届けに職員室まで行かなければいけません。……一緒に行きますか?」
悪戯っぽく笑って首を傾げた千鶴に僕は肩を竦めて見せた。今、逃げ回っている鬼のもとにのこのこいくことほど馬鹿らしいことはないだろう。
「遠慮しておく」
「そうですか、残念です」
僕の返答が解りきっていたのか、千鶴は言葉ほどに残念そうな顔ではなく、くすくすと笑って頷いた。その顔をみているだけで、幸せになる。だって、そんな顔はあんまり見られなかった気がするから。そもそもの話、千鶴と出会ってから僕がいなくなるまでの間はとても短い期間だった。他の人よりも寿命が短かったし、その更に短い寿命は変若水によってさらに削られていたのだ。ほんとうは、本当ならば、もっと彼女を幸せにしたかった。普通の女の子みたいなありきたりな幸せで、いっぱい笑顔にしたかったのに。だからせめて、今回くらいは。
「ねえ、千鶴」
「はい?」
「今、幸せ?」
僕の言葉に千鶴は顔をあげた。なんでもないように、今日の天気を訪ねるみたいなそんな口調を意識していたのに、千鶴は僕の心でも読んだのかと思うくらいに真剣な顔をした。どうしたの、そんな面白い顔をしてさ。そういって笑おうとしたのに、けれどその前に千鶴が思い切り僕の胸に飛び込んできた。え、といきなりかかる体重は女の子にしては軽すぎるけれど、いきなりであれば流石によたつく。
「千鶴?」
千鶴は何も言わずに、僕に抱きついて目を伏せていた。10秒、20秒、30秒たつかたたないかのところで「うん」と納得したように頷いて身体を離した。

「今も、昔も、私はずっと、ずーっと幸せですよ」

そういって、笑った顔はとても綺麗で、だからこそほんの少しだけ、僕は泣きたくなった。ただ、残念なことに僕は素直でもなんでもないので、
「そっか」
とつまらない返事をすることしかできなかったけれど。そんな僕の返事にもただ千鶴は笑うだけ。






愛しすぎて、泣きたい
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