墜落カーニバル (ED後) 現代社会において、二人で過ごす時間、というものは意外と少なくて、けれど天海はゆきのために出来る限り時間の空きを作ってくれているらしいことに気がついたのはつい最近の事だ。それはそれで確かに嬉しいのだけれど、ある日を境に、ゆきは天海が心配になった。そもそも学生と社会人となれば、時間があうはずがない事に気がついたのだ。 そうしてゆきが天海の生活を問いただしてみれば、どうやら天海は睡眠時間を削っているということで、そんな大事なものを削るぐらいならば会わない方が良いのではないだろうかと喧嘩(というには、天海はゆきに心配されてひたすら嬉しそうにしていたのであれを喧嘩というには抵抗があるけれども)をしたのが一カ月前。けれど、結局、天海はゆきに会う頻度を減らすというには首を縦には振らなくて、それならばゆきは、傍に居るだけで満足するから仕事をしてくれとお互いがお互いに妥協する形になったというわけで。 ぱら、と渇いた紙の音が擦れる音が部屋に響く。仕事でつかうだろう資料に目を通している天海を見ながら、ゆきは心の中で溜息を吐いた。嫌、ではないけれども、誰かが傍に居て、天海は作業に集中できるのだろうかというのが著しく疑問だ。先程までおこなっていた学校の宿題やら予習は終わっていたものの、ゆきはすぐ傍に天海が居るというだけでどうにも落ち着かなかったというのに。けれど、視線の先の天海は別段いつもと変わった様子はない。 (まあ、天海が集中できるのならばいいか) ゆきは考えを打ち切り、そうしてふと、瞬が本を読む時に眼鏡をかけていたのを思い出した。天海に眼鏡。想像して、 「―――――あ、似合うかも」 つい、口に出してしまった。……あんまりにも似合いすぎて。 「何が、ですか?」 天海は資料から顔をあげるとゆきを見つめ、首を傾げる。 「……あ、ごめんなさい。つい口に出して…邪魔するつもりじゃなかったんだけれど」 「ふふ、君の声を聞きながらでも、これくらいの作業なら出来ますよ、愛しい子。それで、何が似合うのでしょう?」 「あのね、よく瞬兄が本を読む時に眼鏡をかけていたんだけれど」 「……」 (あ、れ?) 刹那、見間違いじゃなければ天海の表情が消えたような気がしてゆきは瞬いた。けれど、次にみたときはいつもの穏やかな笑顔を浮かべている。 「それで、どうかしたのでしょう」 「天海も眼鏡が似合いそうだなあって思っただけ」 「そうですね、視力は別段問題がないので、かけなくても支障はないと思いますが」 「今はお洒落で度がない眼鏡もあるみたいだよ?」 「そうですか、けれど、遠慮しておきます」 「似合うのに」 「私は、君の顔を良く見たいというのに、わざわざ、ガラス1枚の距離を隔てるだなんて鬱陶しいことを出来るわけがないでしょう?」 「……」 (そういう問題?) 「君が望むのならばやぶさかではありませんが……それほどまでに私の顔がみたくないと?」 「え!?あ、あの、そうじゃなくて」 「そうですか、メガネがなければ私の顔は見たくない、と」 「ちょ、ちょっと待って、天海。話が飛躍しているような気がするんだけれど……?」 それに、何だか不機嫌になっているような気がするのはゆきの気のせいではあるまい。何が天海の機嫌を損ねたのだろうとひたすら先程の発言を思い返すが、けれども何も思い当たらぬ。困り切って、そうして天海を見つめれば、天海は大げさに溜息をついて見せた。 「存外、君は酷い子ですね」 「な、にが?」 「私とふたりきりだというのに、君は他の男の話をする。わざとであるのならばたいした悪女ですね、君は」 「他の男…?あ、成程。って、ちょっと待って、瞬兄は」 「ゆき」 家族だよ、そう続けられるはずの言葉は天海に名を呼ばれることで音にならずに消えて行く。天海はそのまま資料を机に無造作に投げると、立ちあがりゆきの座っていたソファへと近付く。そうして、ソファの後ろに立ち、ゆきの首にゆるく腕を回し、ゆきの耳元に唇を近付けた。 「ゆき……私の愛しい子」 「あ、まみ?」 「君は私がどんなに嫉妬深いのかを知っているというのに、どうしてそんな私を煽るようなことばかりするのでしょう。そんなことばかりしていると」 天海の吐息が、首を擽る。妙に艶めいた声に、何故だろう、ぞくりと恐怖に似たなにかを感じた。 「―――――――このままこうやって、ずっと、閉じ込めてしまいますよ」 「ご、めんなさい」 「いいえ。解ってくれたのならば構いませんよ、愛しい子」 そういうと、ゆきを拘束していた手を離し、天海は柔らかく笑んだ。ほっとしたゆきに、けれども天海がにこやかな笑みで死刑宣告を告げる。 「けれど、悪い子には仕置きが必要ですよね?」 ゆきちゃん逃げて! |