星に願うは君の名を


蓮水ゆきという少女は瞬にとって最初から最後まで特別な存在だった。甘やかしたい、大切にしたい、けれどそれは俺の役割ではない…。それを誰よりも理解していたからこそ、瞬は彼女に対しては厳しく接するようにした。心を凍りつかせるように、出来るだけ彼女の中で俺を印象的にしないように。
いつでも、――――――消えてもいいように。
けれど俺のひそやかな決意は彼女の真っ直ぐな決意によりがれきのように崩れる。どんなに請うても瞬が手に入れられないものを何でもない顔をして瞬の手にいとも簡単に与えてみせたのだ。ひとつは未来、そうしてもうひとつは、ゆき自身。いつだってゆきは、瞬に色々なものを与えてくれるのだ。きっと彼女は知りはしないのだろう。どんなに瞬が、満たされているかということを。
ふ、と風が動いたような気がして瞬は顔をあげた。今日は土曜日。久しぶりに暇が出来た瞬とゆきは外で待ち合わせをしたのだ。所謂、デートとよばれるやつだ。……。自分には縁がないと思っていたので何をするべきかと考えていたのだけれど、いつの間にか思考がずれていたようだ。役目から解放されてからというものの、随分と自分も緩くなったと思う。そんな自分に苦笑していた瞬の目に、ゆきの姿が映る。例えどんなに遠くても瞬がゆきの姿を見間違えるはずがない。ゆきも瞬の姿に気がついたのだろうか。ゆきは駆けだした。
「瞬兄」
「……ゆき」
「ごめんなさい。待ったよね」
走り寄ってくる少女に瞬は「急がなくてもよかったのに」と微笑んだ。そんな瞬に「私が早く瞬兄に会いたかっただけ」と可愛らしいことをいったゆきに抱きしめたいと思うのは男として当然だろう。けれどこんな人通りの多い場所でそんなことをしようものならばゆきは怒るだろう。頭の隅でそんな計算をして結局、瞬はゆきの腰へと腕を添えた。
「それより、ゆき。どこへ行きますか?」
「瞬兄はどこか行きたい場所、ある?」
「そうですね。後で少し欲しい本があるので帰りに本屋に寄れればとは思いますが」
「じゃあ、ウィンドウショッピングでもする?」
「えぇ、わかりました」
そういえば、瞬兄、と笑顔でそう俺の事を呼んで駆け寄ってくる少女に同じように笑みを返していいのだということが何より幸せなのだということを、彼女は知っているのだろうか。知らなくてもいい。その事実は瞬だけが知っていればいいことなのだ。彼女の隣を彼女の歩調に合わせて歩くのがどんなに胸が温かくなるのかも、彼女が瞬の名前を呼ぶことがどんなに奇跡にちかいことなのかも、それもこれも彼女から齎される幸福はただひとり、瞬のものでなくてはならないのだ。彼女の指先が瞬の指に絡む。はにかんだような、どこか甘えるような表情をみるのは彼女に誰よりも近しい瞬だからという理由だ。そうしてまた彼女は簡単に俺に奇跡をあたえてみせる。何よりも大切な少女が与える奇跡を積み重ね、瞬はそれを《幸福》と呼んだ。


inserted by FC2 system