巡る輪廻


(―――――――天海)

心の中で、彼の名を呼び、ゆきは目を瞑る。昔は、天海がゆきに執着している、と周りは認識していた。ゆきだって、馬鹿じゃない。天海がゆきにある程度、好意を持っていたのはわかっていたし、そうして彼が、ゆきのせいで呪縛にかけられているとしったときは、さらに不思議に思っていた。何故、彼がゆきに好意を持っているのか、執着しているのかがわからなかった。けれどそれは、いつの日か、いつの日かに、逆転したのだ。
ゆきが、天海に執着している。
他の誰が気がついただろう。ゆきすらも気がつかなかった事実。蓋をあけてみれば、天海よりも、ゆきの方が天海に執着しているということを。遥か昔、そう、彼とゆきが初めてあった時。ゆきが、初めて彼にあった、あの時。そうして、彼を敵として行動していた時。それらはまだ逆転していなかったはずなのに、それでは、いつから逆転してしまったというのであろうか。追いかけ、追いかけ、途方もない時空の果てへと彼を求めるほどには、ゆきは天海が好きだった。どうしようもないくらいに、命をかけてしまえるくらいに、放っておけるような、そんな人ではなかった。彼の手をとって、そうして「傍に居る」と誓いたかった。出来れば、永遠に。あの時空の狭間ならば、それが可能だったのだろう、けれど今、ここは、ゆきの世界だ。川は流れ、水がとどまることなど知らぬように、時間という砂は流れ続ける。どうしたって、避けることなど出来ない、定め。人は生きながらにして、死というゴールへと歩み続けている。それは、避けられない運命。どんなに医学が進んだからと言って、科学が進んだからと言ってそれがなんだというのだろう、けれど人は、死というものからは逃げることが出来ない。
ゆきは、恐ろしい。
死ぬということは、別段、恐ろしくはない。けれど、天海が、天海を、たったひとりにしてしまうのが心苦しい。心苦しい、ではないかもしれない。正確に言えば、不安で、恐ろしい。人の温かさを知り、幸せをようやく知ったというのにもかかわらず、また彼を一人にしてしまうのが、恐ろしい。
だからこそゆきは、天海に出来るだけゆき以外のものに興味をしめしてほしかった。ゆき以外の世界を見て欲しかった。どんなに光が温かいのか、朝の光に明るくなるのか、そうして夜の闇がまるで母の腕のように安らぐか、そうして月がどんなに優しいのか。天海に教えたいことは山ほどあって、そうしてそれらをひとつひとつ教えるにはどうしたって、時間が足りぬ。だから、だから……
けほ、とゆきの喉から咳が洩れる。こんこん、と何度も渇いた咳の音が続く。何度も、何度も繰り返す。鉄錆のような、妙に後味が悪い味が、口に広がる。息をするのすら辛くなって、ゆきはたまらずに蹲った。何が「世界が元に戻れば、ゆきの身体も元に戻る」だろう。よくもまあ、あんな嘘を仲間の前で、平然とした顔でいえたものだと苦笑する。己の命を糧として、力を使った代償はいくらか跳ね返り、ゆきの身体をゆっくりと。けれども確実に蝕んでいく。恨み事などいおうものならば、怒られるだろう。きっと、これでも、白龍の精いっぱい、なのだろうと、そう思う。

(まだ、時間は、ある)
自分の体を騙し、騙し、そうやって時間稼ぎをする。だって、ゆきはまだ、天海に教えてないことが山ほどあるのだ。だから、それまでは、どうか。





―――――――――咳の音が、部屋に響く。





続きそうで続かない単発の天ゆきでした。

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