愛の崇拝



「天海の瞳は、両方とも色が違うのね」
気がついて、口に出した言葉は目の前の人をほんの少しだけ困らせたようだった。何か悪いことを言ってしまったのだろうか、ゆきが焦ればそれに気がついた天海は「だいじょうぶですよ」と微笑う。そうして、ことりと首を傾げた。
「自分では、あまり意識をしたことがなかったので」
「鏡は見ないの?」
「見ますよ、けれど、自分の顔などあまり意識をしてみないでしょう?」
まあ、男の人はそうかもな、なんてことをゆきは思って、そうして納得する。ゆきはじ、と天海をみつめた。ソファに座っているため、いつもよりは天海との目線はほんのすこしだけ、だけれども近い。左右で違う色をしている瞳は、光の加減によっても色が濃くなったり淡くなっているように見えた。
「―――――――綺麗」
ゆきは目を細めた。天海は綺麗だ。それは彼が“神様”だからかもしれないけれど、ひとつひとつ作られたかと見紛うくらいに端正な顔立ち、涼しげな風貌は幕府の中でも群を抜いていた。その美しさで、人を圧倒するくらいに。白衣の宰相、とそう呼ばれていた彼のことを思い出してゆきは懐かしくなる。天海は、変わらない。変わっていない、ようなそんな気がする。彼にとっては瞬き程度の時間で、だからこそあまり変化するなんてことはないから当然なのかもしれないけれど。それでは、ゆきは?ふときがついた事実に、ゆきは目を伏せた。変わらない、なんてことは有り得なくて、どうしたって何かは変わらなければいけない。どんなに嫌がろうと、抵抗しようと時間の砂を巻き戻すなんてことが出来ないのとおなじように。けれど、そうしたらゆきは、天海が好きになってくれたゆきのままでいられなくなるのかもしれない。
「愛しい子、」
優しく自分を呼ぶ声にゆきは、はっとする。そうして、慌てて笑みを張りつければ、天海は眉を寄せた。おもむろにゆきの頬を取り、そうして顔を近付ける。ゆきの心を覗き込むかのように、じ、と見られていればどうにも落ち着かずに視線を彷徨わせてしまった。
「――――あ、天海?ねえ、どうしたの」
「それはこちらの科白ですよ、ゆき」
「……何が?」
首を傾げれば、天海は苦笑した。そうして、ゆきの頬をとり
「私は、私よりも貴方の方が美しい、とそう思いますよ、愛しい子」
とそういう。なんというか、天海はゆきに対して何重ものフィルターがかかっているような、そんな気がするのはゆきだけの気のせいではあるまい。ゆきがあきれたような顔をしたのがわかったのか「おや、わたしの言葉は信じられませんか?」と天海が笑う。それがどこか楽しげで、なんとなく釈然としない。ゆきはそんなことがないけれど、と一言をおいてから
「でも、天海がそんなことをいうと嫌みにしか聞こえないのはどうしてだと思う?」
首を傾げる。
「酷い子、私がキミに嫌みなどいうわけがないというのに」
「ものの例え!」
あぁいえばこういう、とゆきはふぅと溜息を吐いた。そんなゆきですら、天海は楽しそうで、ゆきはおやと瞠目した。
「何か、面白いことでもあるの?」
「いいえ。ただ、キミとこのように他愛もない会話が出来るというのが夢のようで」
「……変なの」
「そうですか?」
「天海がそれでいいのならばいいけれど」
「えぇ、勿論。私は、幸せです」
天海はそういって微笑んだ。他愛もない日常は、けれどもキミがいるだけで特別になる、と歌うように告げられた言葉にゆきは苦笑した。まあ、天海がそれでいいのならばいいのかもしれないと。




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