人から転がり落ちる


「人じゃなくなれば、瞬兄を助けられるの?」
まっすぐに見つめられて、瞬は微笑った。もしここで瞬が是といおうものならば彼女は簡単に自分を捨てるだろう。人であることを捨てるに違いないことを瞬は知っていた。だからこそ、微笑んだ。誇らしかった。彼女はとても美しく成長していた。心も、そうして体も。俺の神子、瞬は心の中でそっと呼びかける。誰よりも近しい場所にいて、そうして彼女のためだけにただ生きてきた。それを彼女がしることはないだろうけれど。
「いいえ」
瞬の言葉に絶望したような顔をするゆきにどうして俺はこんなにも彼女を悲しませているんだろうと思う。こうならないように行動してきたはずなのに、上手く出来ない。簡単に瞬の心は決意を裏切るのだ。しかし、どこかで薄暗い喜びが歓喜の声をあげているのも感じていた。俺は、嬉しい。彼女が俺がいなくなることで悲しみを感じるほどに俺が大きい存在なのだということを。
「例えどうあっても、俺は俺でしかないように、貴方は人でしかないのです。ゆき」
だからこそ貴方はこんなにも美しい。そうして優しいのだと。直接伝えることはできないから、俺は彼女の瞳をじっとみつめる。きゅ、と唇を噛む。泣くのを必死に我慢しているときのゆきの癖。ずっと見たからしっている。龍神の神子となってからというものの、彼女はとても隠すのがうまくなった。けれど、この仕草だけは昔から変わらない。瞬は目を瞑る。
「けれど、だからこそ、貴方は俺達を救う事が出来るのです」
「え?」
顔をあげて瞬の意図を探るようにじっと見つめてくるゆきに瞬は微笑んだ。言葉はいらない。ただ俺は彼女の選択を尊重するだけ。きっとそれが世界にとっても、瞬にとっても正しい選択なのだから。


inserted by FC2 system