そろそろさよなら(瞬ゆき/おさないころのはなし)



祟は誰よりも瞬に似ていて、そうして似ていなかった。何がこんなにも違うのだろうか。きっとそれは、祟が合わせ世を実際に見ていなかったからだろう。幼すぎる祟はきっと覚えてはいない。何もない世界。ただ広がる砂漠。その中にできたほんのすこしの恵みを分け合って暮らす人々。ある意味では幸せで、そうして、けれど、寂しい世界だった。瞬はそんな中で育った。星の一族の宿命を背負い、そうしてその使命に縛られる母親に育てられた。お前は、そうして私は幸せの世界の土台になるのだと。龍神の神子の手助けをしなければいけないのだと。とても厳しく育てられたけれど、それはきっと母親の精いっぱいの愛情なのだとそう思うことができたのは育て親に出逢ってからだった。実母はゆきの両親からの愛情をわからすために、あえて瞬へと厳しくしていたのだと。
ふ、と空気が動くような独特の感覚がして瞬は顔をあげる。みれば、ゆきがこちらへと駆け寄ってくるところだった。あぶない、と転ぶ前からそんな気がして瞬は慌てて立ち上がる。予想通り、ゆきは段差に気がつかずに足をつまずく、
「ゆきっ!」
転びそうになる寸前で、小さな体を抱きとめる。その腕の中に確かにいる温かさを抱き締めて安堵する。深々と溜息を吐けば「ありがとう、しゅんにい」と聞こえた。
「ゆき、お願いだから走らないで」
「だって」
「だって?」
小さな頬をせいいっぱい膨らませて、ゆきは言葉を続ける。
「瞬兄がみえたんだもの」
「……。俺?俺が見えてきたから、ゆきは走るの?」
「だって、うれしかったんだもの」
「……」
ふわり、と笑われてその笑顔が夢の中のあの人の表情とだぶる。まさか、そんなはず。一瞬、息を飲んでから馬鹿馬鹿しい妄想にとらわれた自分に気がついて苦笑をひとつ。小さな手で俺の手を握っていたあの少女が、幼い頃から夢みたあの人≠ノ近付いていく。それはとても悲しくて、そうして誇らしいようなそんな気分になる。
「瞬兄?」
俺のすぐ傍へとまるで猫のように擦り寄ってきた少女に俺はほんのすこしだけ微かに笑って見せた。いつの日か、俺に触れる手が俺を消す。それでもいいのだと思う事が出来たのは、貴方の手があまりにも優しいからだろう。

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