小指の約束と引きちぎった赤い糸(ED後)



運命の人とは、人には見えぬ赤い糸というので繋がっているらしい。

天海の心なんかしらないで、笑ってそんな残酷なことを宣うそのひとに「そうですか」と天海は微笑を浮かべた。言うなれば、きっと彼女と天海の間に運命の赤い糸なんてものは、そもそも存在するしていなかったわけで、そうして天海もそれはわかっていたはずだった。神と人。人というのは、獣と神の間の生き物である。元来、人は墜ちることはすれども高みへと登るのは難しいと相場が決まっている。なればこそ、人と神という存在が結ばれるはずもなかろうて。天海は神だ。だからこそ、人には見えざるものすらも見える。

人の目には、決して見えぬはずのその糸を、けれども天海は神であるから見えることができる。赤い糸、というものは存在してはいないけれど、それに近いものは見ることが出来る。天海の呪縛され、とどめられた世界でいうところの“縁”と呼ばれるもの。だからこそ、天海は天狗党の一味であるはずのチナミを生き残らせた。龍の宝玉、持っているのは彼の兄であるマコトではあったが、けれども己の愛しい子とより太い糸で繋がれているのは彼だったので。天海は、彼が羨ましかった。天海とゆきが繋がれている糸というものは、物凄く細くて、そうして今にも切れてしまいそうなものだったから。それを考えてみれば、今、こうして天海の腕の中にゆきを抱くことが出来るというのはキセキにも近いのだろう。

「運命の赤い糸、というものをキミは信じているのですか」
「あったら素敵だなあ、とは思うけれど」
天海は、とそういって無邪気に笑うゆきに天海は唇を開く。
「私は、そんなもの、見えなくて良かったとも思いますよ」
「……?」
ゆきは首をかしげた。信じるかと聞いたのに“見えなくて良かった”と返したのが引っかかったようだ。天海との会話に齟齬を感じているらしいゆきに、素知らぬふりをしながら天海は、心の中で同じ言葉を繰り返す。
(運命の糸、だなんてキミに見えなくて良かった)
きっと、見えていたのならば全ては違う方向へと話は動く。天海はそんなこと、想像したくもないけれど。もしも、ゆきを繋ぐ糸。それが天海に繋がっていなければ、きっと天海はその相手を消してしまうだろう。赤い糸、とよばれるものを切り、そうしてきっと、天海の指へと無理矢理にでも、繋げてみせる。
「天海?」
「なんですか、愛しい子」
「……ううん、なんでもない」
天海に問いをかけるのをやめたのか、ゆきは天海の身体へと寄りかかった。その重さを確かめ、天海は目を細める。今、ゆきと天海は、前であれば考えられないほどに丈夫な糸で繋がっている。細い糸が寄りあわせ、そうして信じられないほどに強度なものができあがったから。それはきっと、そう簡単に切れることのない“縁”であり、“定め”というもの。魂すらも繋ぎ合わせるそれは、天海の執念であり、ゆきの甘さだ。あぁ、まったく、本当に。天海は唇をゆがめる。

(――――――――キミに、見えなくて良かった)

抱きしめ、ゆきの髪へと天海は唇を落とす。彼女は知らぬ。他の糸すらもはいりこめぬほどに織り込んだ糸は、幾十にもゆきの身体をまきつけ、そうして彼女の身動きすらも封じ込めるようになっているということを。しらぬうちに蜘蛛の巣へと引っかかった哀れな蝶は、けれどもそれに気がつかずに笑っているけれども。天海に手を伸ばしたゆきの小指。未練をのこすように小指に纏わり付いている赤い糸の残骸を彼女から見えないようにして、天海は歯で噛みきった。




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