それでも君がすき

宮ノ杜家の六男という片書きは、実際対しては使えないと雅は考えていた。そもそもの話、世間一般の常識では家を継ぐのは長男と相場が決まっているもの。それならば、自分がここに居る意味はなんだというのだろうかと昔はよく考えていた。宮ノ杜という名前だけで頭を垂れられているが、じっさい誰も雅のことなんか見ちゃいないのだ。そう思っていた。思っていた、だから過去形であるけれども。

全ての現実や倫理、全てをねじ伏せてこの宮ノ杜の当主となった今は違うと自信をもっていえる。雅を雅として認め、気にかけてくれる人がいることを雅はしっている。宮ノ杜の中の一部としてではなく、雅をただひとりの人間として見てくれている、そんな人が居る。
ぱたぱたと動き回っているはるをみながら、雅は頬杖をついた。なんで彼女はこんな所で働いているんだろう。今、雅がいるのは雅の母親が最近東京で開店した呉服店の店先だ。
「何で、お前はこんな所に居るわけ?」
「何で、って言われても。働くためですよ、実家に仕送りをしなければいけないし」
はるの言葉に別にそんなことをいいたいわけじゃないのにとむっとするが、はるのこの鈍感さはいつものことだ。こんな所で臍を曲げてしまっても、はるは理解できないだろう。ほんの少しだけ、雅は我慢する。この宮ノ杜の当主がわざわざ我慢する。それくらいには、雅ははるを気にいっている。
「……。いい加減、屋敷に戻ってくれば?」
「無理ですよ、私、2回も解雇されているんですもの」
苦笑して首を振ったはるに「頑固者」と雅は呟いた。何故こうもはるという女は自分の言うことに逆らうのだろうか。ほんの少しくらい雅の心を察するとかそういうことが出来てもよさそうなものだけれど。
「…あ、無理。お前にそこまで求めた僕が馬鹿だった」
「………。何かわからないけれど、馬鹿にされたことはわかります」
むっとしたような顔をしたはるに雅はくすくすと笑う。はるはいつだって、自分に素直だ。素直で、そうしていつだって雅をふりまわしてばかりいる。
「なんでお前ってそんなに馬鹿なのに僕を振り回すのは上手いんだろうね」
「え、何です、いきなり」
「生意気だっていったの」
ぱちんと指で額を弾けば、はるは驚いたように数度瞬きを繰り返してから弾かれた場所を手で押さえた。てっきり、痛いだのなんだのと大騒ぎをすると思っていたから雅はその反応にほんの少しだけ驚く。驚いてから、心配になる。もしかして、反応が出来ないほど強く力をいれてしまったかと。
「どうしたの、もしかして、痛かった?」
「雅様」
「……なに」
はるの声がほんの少しだけいつもとは違うように思えて、雅は体を強張らせた。何を言われるのだろう、条件反射的に体を縮こまらせる。そんな雅の様子なんて気にした様子がなく、はるは「すこし、失礼しますね」と笑うと雅の髪へと手をのばす。雅よりも小さい手が、指が、雅の髪に触れ、そうして離れる。ふわりと甘い香りが鼻先を擽り、雅はぎくりと体を強張らせた。
「な、なに」
「花弁です、雅さま」
嬉しそうに、彼女は掌の上にある薄紅色の花弁を雅にみせる。
「雅様の御髪はとても綺麗ですから、花弁も誘われてしまったんですね」
「……」
笑顔で宣われた言葉に、雅は一瞬、言葉を失う。
「何を、馬鹿な事を言っているわけ?」
いつものように皮肉めいた事を言おうと思っても、失敗しているような気がする。じわり、じわりと頬に朱が上っているのがわかって、雅は慌てて下を向いた。はるの顔が直視できない。
「雅さま?どうかなさったんですか、顔が赤いです。お風邪でも」
心配そうな声に、雅は「なんでもない!もういい、戻るから!」と言うと踵をかえした。こんな顔を、はるにみられたくはない。後ろから、くすくすと千代子の笑い声が聞こえた気がして雅は内心で舌打ちをする。ああ、もう。雅は溜息を吐いた。どうしてあんなに彼女は雅を振り回すのがうまいのだろう!

外に出れば、ふわりと温かい風が頬を撫でる。その柔らかな風は、はるに似ている。そうおもってしまえば、熱を冷ますために外に出たのに頬にのぼる朱は収まることがない。まるで毒のようだ、と雅は思う。振り回されているのに嫌にならない、それどころかもう彼女の声がききたい、なんて。きっと雅は、もう彼女という毒によって侵されているのだ、そうにきまっている。

ひらりと雅の視界で風に舞った桜色に彼女の面影をみて、雅は手を伸ばした。


 

雅がかわいすぎて死にたい。

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