あなた好みの女の子になりたい、そう思った時期もありました  

遥か昔。
そう、もう私にとっては遥か昔に、一度だけ、人を好きになったことがありました。その人好みになりたいと思って、その時の私は四苦八苦したものです。 もういまとなってはとても遠い記憶になってしまったけれど。
昔と同じように、サツキに対して暴言を吐いた男を見ながら、ふと昔のことを思い返した。自分から意識が逸れたのがわかったのかいなか、その人は思い切り舌打ちをする
「それとな。鈴城君はやめろ。まあ、これからゆっくり楽しませてもらうよ」
カナデは意地悪く笑うとそういって踵を返す。何故だろう、その後ろ姿が酷く寂しそうに思えて、思わずサツキは呼びとめてしまった。
「カナデ!」
声を出してから、そうしてはたと気がつく。捨て台詞をいって、去っていく相手を呼びとめるだなんて何を馬鹿なことをしているんだろう。ただでさえ、ブスって言われたばっかりなのに。けれど、つい……ほんとうに、ついとしかいえなかった。後ろ姿が寂しそう、だなんて。
「なんだよ」
そういって迷惑そうな顔をして振り返ったカナデにサツキは何やっているんだろう、と自分に呆れた。そうして苦笑した。ここまでやっておいてなんでもない、なんて言うべきではないだろう。
「ここまで来て“はい、サヨウナラ”じゃ駄目でしょ、家にあがりなよ」
「……別に、そんなわけじゃ」
「昔のよしみで挨拶に来たんでしょう?ムツキももうそろそろ帰ってくるし……私が気に食わないのならば2階にあがっているから。ムツキと仲が良かったでしょ?」
そこまで言い切り、サツキは返事を聞かずに玄関のカギを開け、それから立ちつくしたようにしているカナデを振り向いた。
「鍵、開けておくから勝手に入って」
「あ、おいっ!」
慌てたようなカナデにサツキは聞かぬふり。先程ブス呼ばわりされたのだから、これくらいの仕返しはきっと赦されるだろう。



「ただいま」
「あれ、姉ちゃん」
「ムツキ!帰ってたんだ」
「うん」
「あ、じゃあ丁度良いや。外にカナデが立ちつくしているだろうから迎えに行って」
「…………え、カナデが居るの?」
ぎょっとしたような顔をしてムツキが玄関に向かう。どうせカナデの事だからあんな風に言われて帰れるわけがないのだ、ただ人様の玄関を勝手に開けるのも、とか妙なことを考えておろおろしているに違いない。薬缶に水をいれ、お湯を作りながらサツキはこれだから幼馴染なんて嫌だと溜息を吐いた。相手が何を想っているか、なんてわかるはずがないというのにどうにも行動パターンはよめるというかなんというか。苦笑して、それから目を瞑った。






「……何やっているの、カナデ」
「お前の姉貴が勝手なことを言って家の中に入るからどうすればいいのかがわからなかっただけだ!」
ムツキの呆れたような視線に気がついたのか、カナデは拗ねるようにふいと横を向いた。昔から変わらないと言えば変わらない仕草。昔から、それこそカナデがオーストラリアに行ってからもカナデはムツキへと事あるごとにメールしてきた。それは約8割に関しては自分の姉のことで、そのメールを貰うたびに(よくもまあ、飽きないなあ)と思ったものだ。
「そもそもの話、アイツが俺に気がつかなかったから!」
「え、何。気がつかれなかったの?」
ムツキの言葉にう、とカナデは言葉を詰まらせた。そういえば、一昨日あたりに転校生が来たとかはなしていたっけ、とムツキは思い返した。どうやらあれがカナデのことらしい。
それにしても、可哀想にとムツキは思わず同情する。相手は引っ越してからも何度も、何十回も何百回もサツキの事を気にしていたというのに、当の本人はその存在すらも忘れていたらしい。
「み、苗字が違ったから」
その言い訳は微妙に苦しいような気がする。ムツキはそう思ったけれど、あんまりにも可哀想になって何も言わずに「あぁ、ほら、でもさ」と笑みを浮かべた。
「そういや一昨日、恰好良い転校生が来たよー、って言ってたよ?カナデの事だろ、良かったな」
「べ、別にアイツに言われたからって嬉しくもなんとも」
「……カナデ?」
いい加減にしろよ、というのも含め名前を呼ばれれば、カナデは項垂れた。何だかんだで根は素直なのに、どうしてこんなにも二人はすれ違ってばかりなのだろう。カナデよりも、自分の姉よりも、もしかしたら一番かわいそうなのはそれに振り回されているムツキなのかもしれない。




 

「学園編」の「転校生の正体は」から派生したアナザー。
そんな妄想もしながらプレイすると楽しいよね。

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