好きな人が居るのだと、忘れられないひとが居るのだと。そういってとても寂しそうな顔をした孔明を見て、花は自分が動揺していることに初めて気がついた。花が困っている時に「弟子の困っているのはみていられないからね」とふらりと現れたと思えば的確な助言をしてまた消える。そんな師匠の好きな人がとても気になって、そうして花が好きな人に関して聞こうとしたときに「関係ない」と言われた時に感じた時のあの切りつけられるような痛み。

何で、自分がこんなにも傷ついているのかがわからなくて部屋にとじこもっていた花に、芙蓉姫は「それは貴方が孔明殿に恋をしているからよ」といった。その時に初めて自分が孔明に対して恋をしていることに気がついた。はじめていないうちから終わっている恋だなんて、なんて不毛なんだろう。途方に暮れた花に、芙蓉姫は「別に想うのは罪じゃないのよ」と慰められても、何も考えられなかったのを覚えている。ただつきりつきりと胸を刺すような痛みがずっと花を苛んでいた。だから、なんで、こうなったのかが理解できずにいる。

「どうして帰らなかったかなあ、この子は」

やれやれ、といわんばかりのその言葉に花は息を止めた。いらない、と言われた時のあの時の恐怖を思い出して身を竦めると、ふわりと温かいものが花を包んだ。孔明に抱き締められているのだと、気がついた時には酷く驚いた。ししょう、呟いた言葉に孔明の苦笑したような声が続けられる。

「挙句にそんな可愛いことをいうと、もうどうなっても知らないよ」

頭が、真っ白になるのがわかった。何を言われたかがわからない。なんで、どうして。必死で理解しようとして、頭をフル回転させて、それでもどうしてこんなことになっているかが花はわからない。だって、孔明は好きな人がいると花にいった。いまはもう遠い人が好きなままなのだと。いつだってふざけて花にスキンシップをしてくるくせに「だって本気の相手だとどうやって接したらいいかがわからないでしょう?」なんて平気で無神経なことばかりいうひとなのに。ただわかるのは、今、自分が孔明に抱き締められていること、その手が震えていること、

これからも、一緒に居られるのだろうか。望んでも、いいのだろうか。いつだって花の傍にあった体温は、今も変わらずに此処にある。



つまる所、私は貴方がすきでした。
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