にゃぁ。


ふと聞こえた鳴き声に花は手を止めた。
(猫?)
当たりを見回して、けれどもその姿はどこにも見当たらない。きょろきょろとしていた花に気がついたのか「どうしたの?」孔明は訝しげに花を見た。
「猫が」
「猫?」
孔明は怪訝そうな顔のまま辺りを見回した。そうして首を傾げる。
「どこにも見当たらないけれど」
「声がしたから、居ると思うんですけれど」
「ここは2階だよ?誰かが飼っているというのならばまだしも、そんな話は聞いたことがない。空耳じゃないのかな」

孔明はそう言うと再び仕事の山へと戻って行った。空耳かあ、と花は肩を落とす。なんとなく、泣いているような声だった。まるで助けてといわんばかりの。孔明に与えられた課題をやろうと机に向かった花に、先程よりもっとはっきりした声が聞こえる。
にゃあ。
空耳じゃない!花は声が聞こえた方を見て、目を丸くした。声が聞こえたのは、窓の外だった。孔明に気づかれないようにそっと立ち上がり、よくよく見てみれば真黒な子猫が一匹傍にある木にしがみついていた。子猫は花の姿を認めて、にゃあにゃあと助けを求めている。どうやら、上ったはいいものの降りられなくなったんだろうと判断して、花は身を乗り出した。手を伸ばせば、届くだろうか。
「よい、しょっと」
意外と、近くに木があった御蔭で、子猫に手が届く。掌に乗るか乗らないかの大きさの子猫は、天の助けとばかりに花の掌に乗った。随分、人なれしている猫だ。もしかしたら誰かが飼っている猫かもしれない。猫を無事に助けることが出来て気が緩んだのか、思い切りバランスを崩した。
「うわっ!」
「花っ!」
猫を庇うようにした花の体を、思い切り引っ張られた。下に落ちるはずだった花の体は、後ろに転がる。慌てて猫が無事かどうかを花が確認し、子猫がきょとんと(どうしたの?)といわんばかりの顔をしているのをみてほっとした。すると、花の下から恨めしげな声が聞こえる。

「……いつまで乗っかっているのかな」
「う、わ!師匠!すいません!」

どうやら、花を助けてくれたのは孔明だったようだ。慌てて立ち上がり、孔明に手を貸そうとすればやれやれと溜息を吐かれた。

「君は一体、どうしてこんな風に危険なことに首を突っ込もうとするかな」
「いや、その…大丈夫かなって、思ったんですけれど」
「それで結果は?」
「はい、子猫は無事でした!」

にっこりとそういって手の中の戦利品を見せれば孔明は一瞬、瞠目した後に「そう、それはよかったね」と背筋が凍るかと思うくらいの笑顔を浮かべた。どうやら、自分が言う言葉を間違えたと気がついた時には、既に遅かった。

「し、師匠?」
「いいから、そこに座りなさい。今からじっくり、手取り足とり、教育しなおしてあげる」

結果、花はそれから3時間ほど孔明に説教をくらうはめになった。



期待するくらい、いいでしょ?
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