初恋は実らない。花の世界ではお決まりのセリフで、その台詞を知っていたからこそ、きっと恋というものに怖気ついてしまったんだと思う。だって、初恋だった。恋、というにはその感情を把握しきれなくて、ただ孟徳が笑ってくれればいいなあ 、だとか幸せになってほしいとかそんな些細な願いを持つだけだった。決して、報われないのはわかっていたというのもあるのかもしれない。曹孟徳という人は、女の子には一様に優しいから、きっと花だけではないとわかっていた。花が孟徳の目にとまったのは、玄徳の傍に居て、そうして本を持っていたからだ。それ以外は、なんのへんてつもない普通の女の子だったから。でも、途中でそんなものは関係ないということに気がついてしまった。相手の気持ちよりも、自分の気持ちが大事なのだと。花が孟徳に笑ってほしいというのなら、そういう風に行動をすればいいのだと気がついた。
「孟徳さん……私の事を信じてくれますか」
「どうしたの?急に」
「疑っていましたよね。私が急に部屋に来たいなんて言ったから」
「……そうだね」
花は、孟徳に生きてほしいと思った。もしも、生きててくれるのならば自分はどうなってもいいと思った。もしかしたら、いつの日か孟徳は花のことを忘れて、そうして素敵な人を選ぶかもしれない。それでもいい。孟徳が、孟徳らしくあれるのならばそれでいい。それを選んだ。それが、花にとっての幸せだと、そう思った。きっと、今思えばそれが転機だったのだ。



気がついてみれば、孟徳の暗殺が失敗したあの夜から、花は部屋の中から一歩も外へと出して貰っていない。
そもそもの話、孟徳は、過保護だと花は思う。過保護を通りすぎて、過保護すぎるとすら思うのだ。そんなに過保護にしなくとも花はガラス細工でもなければ、陶器でできているわけでもないのに。昔から、どちらかといえば孟徳は花を部屋に閉じ込めたがったけれど、花が怪我をしてからはそれが顕著になった。ちょっとでも部屋を歩こうものならば、監視カメラをつけられているのではないかと思うくらいの頻度で孟徳が部屋に来て、そうして花になんてことをしているのだと怒る。もう怪我だって、傷はふさがっているしそんなに激しい運動をしなければいいと、むしろ少しくらいは外へと出た方が良いと言われているのに。花がそういえば「そんなことを言う医者は信用できない」なんてことを言うし、なんだかそれをとりなすのに苦労していれば孟徳が安心するのならばそれでもいいかなあなんて妥協することになり、結果、引きこもりがちになるというか。
「……このままじゃ、よくないような気もするんだけれどなあ」
寝ているのに飽きて、花は誰の気配もないことを確認してから地面へと降りた。外套を羽織り、そろりと外へと出る。季節が変わったのか、ひやりと冷たい空気が頬を撫でる。部屋の中はいつだってとても温かくて、一定の温度に保たれている。窓から見える景色や、孟徳が持ってくる花によって季節はかろうじてわかるけれども、やはり体がびっくりしているのがわかる。うん、やっぱりこのままじゃあ、よくない。そう思いながら、硬くなった身体を解しがてら散歩をしている。広い庭は、孟徳が紛れもない権力者であることを示している。歩いているとほんの少しだけ疲れてしまって、片隅にある池へとなんとなしに座り込んでしまう。揺れる湖面を眺めれば、ぼんやりとした女が映り花は目を丸くした。すると、女も目を丸くする。それが自分だと気がついた瞬間に花はぎょっとした。随分と痩せたものだと。元から、こちらに来た時から食べる量は少なくなっていた。それはストレスだったのかもしれないし、食生活が違うというのもあるのかもしれない。まさに不健康といわんばかり。うわあ、と思わず苦笑していれば
「花ちゃん!」
ふいに引き寄せられ、抱き込まれて花は身体を固くする。目の端に映る緋色で、それが孟徳だと気がついて花は身体から力を抜いた。
「どうしたんですか、孟徳さん」
「部屋に行ったら、花ちゃんが居なくて。もしかしたらどこか、手の届かない所に行ってしまったんじゃないかって」
いいながら、強く抱き締められる。まるでここにいるかどうかを確かめるかのように。まるで子供が母親に置いて行かれたかのような反応だとぼんやりと思い、花は大丈夫ですよ、と安心させるように背を撫でる。
「私は、居なくなりませんよ」
「居なくならない保障はないよ。もしかしたら君が心変わりをしてしまうかもしれない。もしかしたら玄徳の奴らが君を連れ去っていってしまうかもしれないし、元譲たちが君の事を攫ってしまうかも」
「孟徳さん」
花は深々と溜息を吐いた。孟徳の疑い癖はすぐになおらないとわかっているけれど、だからといって好きな人から信用されないというのも哀しすぎるのだ。けれど、いつの日か。花ではなくて違う人が孟徳を変えてくれるかもしれない。
「私は、孟徳さんがこのまま私のことを好きでいてくれるかがとっても不安なんですけれど」
「そんなことない!絶対に有り得ないよ!」
俺は花ちゃんしかいらない、そう言ってぶんぶんと顔を横へと振った孟徳に花は苦笑する。
「……嘘です。別に、誰か他の人を好きになってもいいんですよ」
その言葉に、孟徳は「なんでそんなことをいうの」と泣きそうな顔をした。けれど、これは紛れもない花の心だ。もしも、花の言葉の通りに孟徳の隣に花じゃない人が立ったとして、孟徳の心が花から離れてしまったとしても花は、それはそれでいいと思っている。確かに哀しいかもしれない。けれど、人の心を縛る権利なんて花は持っていないのだから。
「孟徳さんが、一番孟徳さんらしくあれる人であれば私は」
言葉を遮るようにして、孟徳は強引に花の唇に己のそれを重ねた。何度も啄ばむようにして唇を重ねられてしまえば、言葉になるはずだったものは口の中へと溶けてしまう。
「何も言わないで」
ぽつりと、孟徳は呟いた。
「お願いだから、可能性でもそんなことを考えないで」
「孟徳さん」
「ずっと傍に居て」
そういって、孟徳は花の手を取るとその掌へと唇を落とした。まるで懇願されているようなその仕草に花は目を瞠る。孟徳さんが望んでいる間はずっと傍に居ます、その言葉は呑み込んで花は孟徳の背へと手をまわした。綺麗事をいいながらも、実際、きっとその時になったら傷つくんだろう、なんて未来を想像して花は苦笑する。背へと回す手は、枷だ。今だけは、孟徳は花のものになっているような気がする、なんて馬鹿な事を思いながら花は目を閉じた。




この恋は、
苦しいくらいがちょうどいい




綺麗事をいうのは簡単だけれど。
花ちゃんが孟徳が孟徳であれるのならば、私じゃなくてもいいよ、って思う人だったら何だか切ないなあって思った。
まあ、師匠的な感じで。一歩引いた所からみる花ちゃんはなんだか両片思い。両片思いって美味しいよね!でも絶対孔花ではできないから
孟花でやってみるっていうまさかなかんじ
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