諸葛孔明という男の恋心は大変わかりやすく、そうしてある一部の人間に置いてはとてもわかりにくくできていた。 彼自身はそれを理解し、利用していたのかもしれない。普段は眉ひとつ動かさずに冷酷ともいえる判断を一瞬で下しそれを平然とした顔で口にすることすらも出来る男だったが、彼が恋心を抱いている少女の前にでてしまうとどうしたってそんな顔はできないようだった。勿論、必要があればそうするだろうけれど。 「嫌われる覚悟もなにもないのよ」 彼女は諸葛孔明という人にたいしてあまり好意的ではないようだった。花は思わず苦笑する。彼女もまた、花にとっては孔明と同様に大事な人であったから何も言うことができなかった。それに、彼女の孔明に対しての風当たりの強さは孔明が花の事を顧みないとかそういった花に対しての思いやりからくるようなものであったからなおさら何かいうことはできないのだ。 何も言わない花にかわって、芙蓉姫が文句を言う。逆に彼女が言葉にしてくれるからこうしてなんとかなっているような気すらして花はくすくすと笑った。 「なあに、花」 不可解な顔をした芙蓉姫に花は笑う。 「私、芙蓉姫と逢えて本当によかったなって思って」 「へ?」 きょとんとした顔をした彼女は、次にみるみるうちに顔を赤く染め上げた。 「な、なによ、いきなり」 「芙蓉姫、優しいし。私、芙蓉姫みたいになりたかったなあ」 「……貴方って、ほんとうに面白いことをいうわよね」 「だって、芙蓉姫は私のために怒ってくれているんだってわかるから」 ありがとう、とそういえば芙蓉姫は至極不服そうな顔をした。あーあー、全く。そういって頬を膨らませた彼女は年相応に見える。 「花こそ、たらしだわ」 「た、たらし?」 「そうよ。誰でも彼でも口説くのは駄目よ!特に男っていうのは調子に乗るんだから!」 たらしというのはそもそも男性のことであって、女性を騙したり、言葉巧みに誘惑して弄ぶ男性のことで、真剣な交際を装いながら、複数の女性と重複して付き合う人や、とっかえひっかえ次々に別の女性を付き合う人をいう…はずなのだけれども。何故、そんな不名誉なことをいわれなければならないのか。 「へえ、誰が誰を口説いたのか。実に興味深い話ですね、僕もいれてもらえると嬉しいのですが」 「え」 「げ」 振り返れば、そこには先程まで噂をされていた張本人が立っていた。にこにこと、笑顔で。笑顔なはずなのになんとなく嵐の前のなんとやらという言葉を思い出すのは気のせいだろうか。気のせいであってほしいと思うのは花の願望である。 「女性の会話を勝手に立ち聞くだなんて趣味が悪いですわよ、孔明殿」 「たち聞く、だなんて人聞きが悪い。僕は通りすがっただけで、たまたま聞こえてきただけですよ…花」 たまたま、を強調しながら孔明は笑う。そうして、全く笑っていない目でみられる。びくりと身体を震わせれば、孔明は幾分か口調を和らげる。 「休憩は終わりだよ。さっさと執務室においで」 「あ、はい……芙蓉姫、ごめんね」 「いいのよ、またいらっしゃい」 慌てて立ち上がった花の手を孔明が掴んだ。まるで見せつけるようなその動作に眉を少し潜め、そうして深々と溜息を吐いて見せた。あぁまったく、本当に。申し訳なさそうな顔をして出ていった花の気配が完璧に消えたのを確認して芙蓉姫は溜息を吐いた。彼の伏龍は、どんな傾国の美女であろうと一蹴すると有名である。そうだというのに、花の前ではあんな顔をするのだ。軍師である彼は、心を人には読ませないようにする術だけは一級品であるはずなのに。芙蓉姫はくすくすと笑った。 「あの子、本当に誑しだわ」 奇跡はまた遠のいて |