彼女は私の事が好きだとそう言った。そうして同じ唇で、殺せるのならば殺してみろともそういった。可笑しなことに、手が震えてしかたがなかった。銀色の刃は、本物だ。その剣で幾人もの命を葬り去ったというのに、彼女はじっとこちらの瞳を見つめているだけだった。その瞳を見てしまえば、その剣を下ろすことしかできなかった。だって、本気だったのだ。彼女は本気で公瑾に殺されても良いと思っていたのだ。殺されて、そうして全てが終わるのならば良いのだとそう思っているような目だった。死を覚悟した人間の瞳ほど、綺麗で、悲しいものはない。そうして、一番面倒なのが死を覚悟した人間であることも公瑾は嫌になるほどしっていたのだ。いくつもの理由をつけて、ようやく公瑾は剣を下ろすことができたのだった。本当に、ここまで自分が面倒な人間だとはおもわなかった。

結局、同盟は仲謀様が謝ることで決着がついたという。何らかの咎めがあるのかと思ったが「馬鹿じゃねえのか、お前」と呆れたような顔をされ、一言二言文句を言われて終わった。可笑しな程に何もないと思ったら、どうやら花が何かを言ったらしいと小喬がこっそりと教えてくれた。図々しいお節介は相変わらず健在だと公瑾は苦笑した。けれど、それからというものの花は公瑾の前には姿を現さなくなった。

初めは忙しいのだろうと思った、けれど噂を聞いている限りは小喬と遊んだり、子敬とお茶をしたりと暇そうである。それならば何故、会いにこないと腹を立てて何が悪いというのか。日が立つごとに機嫌が悪くなっていく公瑾に小喬は呆れたような顔をして一言
「なら、会いに行けばいいのに」
とのたまった。思わず言葉を詰まらす。それが出来ればこんな所でうじうじと悩んだりだなんてしないのだ。もしかしたら嫌われたのだろうかとか、そもそも殺されかけた相手のことを未だに好きなのだろうかとか、会いにこないのはそれが答えなんじゃないだろうかとかそんなことを考えてしまうともう駄目だった。怖くて仕方がない。そもそも、元から考えは後ろ向きなのだ。後ろ向きバンザイ。どんどんと後ろ向きになっていく公瑾を見かねたのか何だかんだと優しい小喬はしょうがないなあ、とひとつの提案を口にしてやる。

「賭けをすればいいよ、公瑾」
「賭け?」
「もし、花ちゃんが帰るまでに一度でも会いに来たら引きとめなよ。好きだーって言ったら花ちゃん、きっと残ってくれるよ」
「会いに来なかったら?」
「潔く諦めなさい」
キッパリとそういった小喬に公瑾は押し黙った。けれど、よくよく考えればそれは妙案だった。彼女から会いに来るということは、すくなからず公瑾のことを想ってくれているということなんだろう、と思う。多分。それならば、待とう。心を決めれば、不思議なほどに心が穏やかになった。その様子を見て、小喬は「じゃあね」と公瑾の部屋を出ていく。彼女にはやらねばならないことが出来たのだ。

この、どうしようもない友人に出来た大切な人≠ェ、もしも遠くに行ってしまったとしたら?その時の彼を想像するだけで頭が痛くなってくる。それならば、早々にその大切な人≠どうにか公瑾とくっつける必要性があるだろう。今、彼女の周りには邪魔ものが大勢いるが、姉と力を合わせれば、きっとどうにかなるだろう。
「さて、どうしようかなー」
やるのならばとことん、裾をまくりあげ小喬は走る。友人のためであるのならば、いくらでも協力は惜しまないのである。


計算された賭け

某公花好き様に捧げます。ありがとうございましたっていうか色々いつもありがとうございます。
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