幼い頃に出会った初恋のひとは決してボクに何かをくれることはなかった。知識や、新しい価値観をくれたけれど、だけどどうしてもくれないものがただひとつ、あったのだ。
「花」
ぼんやりと空を眺めている自分の師匠に近づく。亮がいくら呼んでも気がつかないようだった。なぜだか花が消えてしまうようなそんな錯覚を覚えて亮はあわてて花のそばへとかけより、袖をつかむ。
「・・・・・・亮くん?」
亮がすぐそばにいることに今、気がついたのだろう。花はおどろいたような顔をするとすぐにどうしたの、と穏やかに言った。その穏やかさはこの時代には似つかわしくないのがわかって亮は怖くなる。
「はな・・・」
「うん?」
「花は、いなくならないよね?」
花の腰へと抱きつく。亮くんは甘えんぼさんだなあ、と普段なら笑う花は今日はなにも言わずにただ亮の頭を撫でるだけだった。消えない、という約束は最後まで決して彼女はしてくれなかった。ずっと僕の傍にいて、という言葉にもそれもいいかもね、という言葉を言って、笑っていただけだった。だから、正直わかっていたのだ。花がボクの前から消えるということを。

ボクが花の師匠となり、そうして花が僕の弟子となって。時代はくるくると動いて、星が導くような運命が出来あがった。花の物語は終わったことをボクは知って、いつか終わりが来るということがわかって、その別れが耐えられなくなるくらいならば自分の手で終わらせることを選んだ。本を開いて、ボクは彼女を元の世界へと帰らせようとした。天女がいるにはこの世界はあまりにも醜すぎるから。けれど彼女は僕の目の前に居た。ぼろぼろと涙を零しながら、

その表情を見たら脱力した。もうなるようになれと思ったのだ。あんなにも欲しくて、けれども手に入らないと思っていたものが手に入るとなると人間というものは何もできないのだと知った。ただ子供のように抱き締めて、自分の物だと主張することくらいしか出来なかった。けれど腕の中にある体温はとても優しくて、子供の頃と同じままで、僕は花にはわからないようにこっそりと泣いた。

「キミは、ヒドい子だよね」

抱き合って、泣きあって。そうしてぽつりと言った言葉に花はくったくなく微笑ってみせた。
「例えヒドいといわれたところでもう師匠から離れてやりませんから!」
「…………言わないよ」
あんなにもほしかった約束を簡単に口にされて孔明は途方にくれる。今、この手にある約束は幸せの固まりなのだといったのならば彼女はどんな顔をするのだろう。いつだって欲しいモノが手に入るのは単純な手法ばかりで、けれどもそれはどうしたって難しい。




欲しかった約束

子供の頃、ただ欲しいと駄々をこねたって手に入らないものが、大人になってただ一言「ここにいて」と言えば手に入るだなんて思ってもみなかった

ただ、それだけの話。
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