きみが掴んだのはこころじゃなくて僕のしんぞうでした 「ロミオが赤なら、ジュリエットは白だよねえ」 「は?」 と、ジュリエットは唐突な単語にぽかんと口を開けた。ワインか何かの話だろうか。それを見て、ジュリエットの正面に座っていた部屋の主であり、現在のジュリエットの夫であるマキューシオは笑う。 「あはは、変な顔」 「変な顔って。悪かったわね、どうせ貴方みたいに整ってないわよ」 「拗ねないでよ、僕は好きだよ?所帯じみてて」 「……」 それってフォローしているつもりで、貶しているんじゃないだろうか。と、ジュリエットはひくりと頬を引き攣らせた。が、この目の前にいるヴァンパイアが失礼なのはいつものことである。なにせ、ヴェローナの最高権力者であるエスカラス=ヴェロナでさえも狸じじい≠ニ吐き捨てる男だ。 はあ、と溜息を吐いたのはマキューシオの隣に座っていたヴァンパイアの王であるロミオ=モンタギューだ。マキューシオの主であり、またジュリエットにとっての友人でもある彼は心底馬鹿らしい、という感情を隠しもせずに宣った。 「マキューシオ。私は領地についての報告やら、要するに仕事できているのだ。雑談は後にしろ」 「えぇー、いいじゃん。あらかた終わったんだからさあ、休憩休憩―!」 頬を膨らませて休憩を主張するマキューシオにジュリエットは苦笑した。 (飽きたのね、要するに) 確かに、今、行っている作業は書類やら条約やらの関係が多い。朝から行われているのは単調作業だし、確かにあまり面白いとはいえないだろう。体が少し固まっているのを解し、ジュリエットは 「少し、休憩にしましょうか」 と提案する。途端、渋い顔をしたのはロミオだ。 「お前、マキューシオを甘やかすな」 「いいじゃない。私も少し疲れたわ。珈琲をいれるわ、丁度、珈琲にあうパウンドケーキを貰ったしね」 ジュリエットがそういって立ち上がるとロミオはそれ以上、何も言わずにただ溜息を吐いた。その態度にお赦しが出たと判断してジュリエットは部屋の片隅で珈琲をいれはじめた。 「あーもう、書類仕事だいっきらい!」 「大嫌いでもやらねば終わらんぞ」 「わかってるよー、わかってるけどさー」 「そもそも、昔から思っていたが、お前はエテルナ家の長兄としての自覚をだな」 「はいはい、わかってるわかってる」 後ろで行われている会話にジュリエットは苦笑する。なんというか、古くからの友人であるからか、二人の会話が羨ましいと感じることがある。 (まあ、羨ましがってもしょうがないんだけれど) 苦笑しながら、珈琲を机に置く。 「どうぞ」 「あぁ、ありがとう」 「わあい!お菓子お菓子!」 珈琲に手を伸ばしたロミオとは対照的に甘いものを好むマキューシオは珈琲の隣にあるパウンドケーキへと手を伸ばす。にこにことした笑顔で菓子を頬張る姿は無邪気ともいえるだろう。ジュリエットは珈琲に口をつけると一度、頭を整理するために目を瞑った。やはり細かい文字を読み続けていたせいか、少し頭が痛い気がする。 「で、さっきの言葉の意味はなんだ」 「うん?ロミオが赤でジュリエットが白って奴?」 「あぁ」 ジュリエットが目をあけると「それはねえ」とマキューシオは楽しそうに笑う。勿体ぶるかのような態度にロミオが眉を寄せた。 「何だ、そこまで勿体ぶる話ではないだろう」 「怒らないでよ、ロミオ!もう、君ってば短気なんだから。ただ、君たちに似合いそうな薔薇の色の話だよ」 肩を竦め、そういったマキューシオにロミオ「くだらない」と米神を抑えた。 「確かに、ロミオには赤いバラが似合うかもね」 ジュリエットはその言葉を聞いてくすりと笑う。確かにロミオには赤色の薔薇が似合うだろう。気高く美しい夜の王、ヴァンパイアの王には血の色にも似た紅色の花が似合うだろう。 「ジュリエット、お前まで」 何とも言えない顔になったロミオは「お前、マキューシオの妻となってからコイツに感化されすぎじゃないか」と苦言を呈した。ジュリエットはその言葉に思わず固まった。確かにマキューシオの事は愛しているし妻となってもいいと思うくらいには好きだが、だからといってこの粛清魔と一緒にされたくはない。 「うわっ、なにその反応。傷つくんだけれど」 と、ジュリエットの態度を見てマキューシオが頬を膨らませた。それをちらりと見たロミオはぐいと珈琲カップを傾け、飲み干すと休憩の終わりを宣言した。 「つっかれたぁ」 「はいはい、お疲れ様」 ロミオが帰宅した後、ジュリエットが書類やら紙やらが散らばった机を片づけている横でマキューシオはソファへと転がる。何だかんだといいながらも、休憩は一回だけで後はすんなりと仕事を終わらせることが出来たのだから、マキューシオは頑張った方だろうとジュリエットは苦笑する。 「なんっていうか、ロミオも君も働き過ぎだよ」 「ロミオに比べたら大したことはないと思うけれど」 なにせあちらはヴァンパイアの王だ。しかも完璧主義の理想追求者。きっと、ジュリエットの何倍もの仕事をこなしているだろうと思う。マキューシオはソファに置いてあるクッションを抱き抱えながら「ちょっとこっちにきて休憩しようよ」とジュリエットを誘う。 マキューシオのその言葉にジュリエットはほんの少し逡巡し、それから(まあ、今日はマキューシオは頑張っていたし)と思うとマキューシオの方へと近付いた。 マキューシオはジュリエットが座れるようにと場所を開け、ぽんぽん、とそこに座れとばかりにソファを叩いた。その指示に従えば「さっき言っていた話なんだけどさ」とマキューシオが口を開く。 「……?さっきって」 「何、もう忘れちゃったの。ロミオには赤いバラが似合うって話」 「あぁ、ソレね」 頷いて覚えていると言えばマキューシオは続ける。 「君には白い薔薇が似合うなあって思ってさ」 「……ありがとう?」 御礼をいっていいのかがわからないが、まあ、花に似ていると言われて悪い気はしないだろうとジュリエットがそう言えばマキューシオは「あのね」と手を差し出した。 「見ていて」 マキューシオの掌は雪の様な色だ。そりゃあ、ヴァンパイアは日に当たれば灰になってしまうから仕方がないのかもしれないけれど女の私より白いっていうのは羨ましいというか複雑と言うか、などと思っていると、目の前にいきなり白色が現れた。 「え?」 先程までも白いと思ったが、目の前に広がるのは純白。数秒、思考停止した後にいきなりマキューシオの掌の上に白薔薇が現れたということに気がつく。 「あれ、あんまり驚いてない?」 「いいえ、あんまりにも驚きすぎて」 「あはは、悪戯成功!」 まあ、本当はこっちがメインなんだけれどね、とマキューシオはどこからか薔薇の花束を取りだした。いや、本当にどこから取り出したんだろう。とかそんな疑問がでてくるがどうせ答えてもらえないだろうからとジュリエットは言葉を飲み込んだ。 「じゃーん、100本のバラの花束」 「全部、白いのね」 「送るなら赤薔薇が定番かなーと思ったんだけれどね。でも君には白薔薇が似合うと思うから」 はい、と渡されてジュリエットは顔を綻ばせた。何度か、花を貰ったことはあるが、好きな男性から花を贈られるのが、こんなに嬉しいとは思わなかった。 「ありがとう、マキューシオ。とっても、嬉しいわ」 「……どういたしまして、贈ってよかったよ」 ほんのりと頬を染めて、マキューシオは目を細めた。それからほんの少しだけバツの悪そうな顔。 「?どうかしたの?」 「あぁ、いや。少し、その、」 「?」 「本当は君に怒られるかなあって思いながら贈ったから、そんなに喜ばれると罪悪感があるっていうか」 「怒る?」 「…怒らない?」 おそるおそる、といった様子で聞いてきたマキューシオがまるで母親に罪を告白する子供のようでジュリエットは噴き出してしまう。 「時と場合によるわ」 「はは、君らしい」 ふう、と溜め気を吐いたマキューシオは「花言葉ってしっている?」とジュリエットを覗きこんだ。 「えぇ、花ごとに意味があるって奴でしょう?」 そんなには詳しくはないけれどね、とそう告げたジュリエットにマキューシオは頷いた。 「そう。例えば、赤い薔薇には情熱≠ニか愛情≠ニかね」 「で、この白薔薇の意味は?」 ジュリエットの言葉にマキューシオは一瞬、言葉を詰まらせた。そうして、ジュリエットの視線に白旗をあげるかのように両手をあげた。 「私は貴方にふさわしい=v マキューシオの口から零れた言葉にジュリエットは目を丸くした。そんなジュリエットに焦ったのかマキューシオは「返品は受け付けないから!」とそっぽを向いた。まるで猫が拗ねているようだとジュリエットは思ってから薔薇の花を抱き締めた。 私は貴方にふさわしい 驚くほどに傲慢なはずの言葉ではあるが、ジュリエットにとってはくすぐったさすら感じる。 「――――――嬉しいわ」 告げた言葉にマキューシオが顔をあげた。その瞳に笑いかける。 「ありがとう、マキューシオ」 「……。どういたしまして」 ふんわりと笑ったマキューシオの方がよっぽど白薔薇が似合うのではないだろうかとジュリエットはふとおもい、それから昔、ティボルトに教えてもらった知識を思い出す。 ねえ、姉さん、知っている?薔薇には花言葉以外にも意味があってね 「おーい、ジュリエットー?」 ひらひらと顔の前で手を振られてジュリエットは慌てて意識を戻す。それからほんのすこしだけ考えて、薔薇の花束から1本の白薔薇を抜きだす。 「――――――はい」 「?なに?」 それを受け取ったマキューシオにジュリエットは微笑った。 「私より、貴方の方がよっぽど白薔薇が似合うわ」 「!」 「…?」 驚いた顔をしたマキューシオにジュリエットは首を傾げた。そして、貰ったものをそのまま返すのは失礼にあたるだろうということに気がついて慌てて言葉を足す。 「以前、教えてもらったんですけれど、薔薇の数にも意味があるんですって。だから、1本おすそわけ」 「意味?」 「そう。1本の薔薇には貴方しかいない≠チていう意味があるんですって。あとは一目ぼれ、とか」 「ジュリエット、僕に一目ぼれしてたの?」 「そうね、顔はいいものね」 腹が立つくらいに、と言えばジュリエットの様子が怖かったのか「調子に乗ってごめんなさい!」とすぐに謝罪が飛んでくる。それから、まるで機嫌をとるようにマキューシオは「他には?」と聞いてくる。 「3本で愛してる、99本で永遠の愛、108本で結婚したい、999本で何度生まれ変わっても貴方を愛する、だったかしら」 「へえ、じゃあ、ジュリエットの腕の中には永遠の愛があるってことだね」 「……言われてみればそうね」 気がつかなかった。そう思って腕の中にある薔薇を見ればマキューシオはきょとんとした顔をした。 「へ?計算済みじゃなかったの?」 「いいえ、偶然。でも、ふふ、素敵ね」 ジュリエットが微笑めば、マキューシオもそれにつられて微笑んだ。自然と二人の距離が近くなり、唇を重ねる。1本と99本。別々の薔薇が、二人を祝福するように揺れていた。 a |