やさしい恋人のよう

まっすぐと前を向くのは子供のような愚直さだと思うのに、時折、そのまっすぐさが羨ましくて仕方がなくなるときがある。彼女の素直さの少しが自分にあれば、なんて。馬鹿な考えだとは思うのだけれど。

 土曜日の午後。駅は人ごみでごった返しになっている。所々に恋人との待ち合わせだろうか、ちらちらと時計を見ている人が数人。視界が認める範囲ですら、そうなのだから、実際はもっと居るのかもしれない。
「郁!」
自分の名を呼ばれ、郁はゆっくりとその方向へと顔を向け、そうして目を丸くする。
「な、何」
「いや、化けたなって」
「ひどい!!」
薄っすらと化粧をして、淡い色のワンピースを着ている少女こそが郁の待ち人であり、“恋人”だ。気分を害したように頬を膨らませている月子に「冗談だよ」と郁は笑った。

「あんまりにも君がおめかしをしてくるから驚いてしまったよ。ね、そのお洒落は誰のためにしてきたの?僕以外、なんて答えられたら嫉妬をしてしまいそうだよ」
「……郁、それ、答えがわかって言っているでしょう」
「あ、バレた?」
「バレるに決まってるでしょ!」
そう言って脱力したように肩を落とした月子に郁は微笑った。

「今日は映画館に行こうか」
「え、ショッピングじゃなかったっけ?」
「映画を見たい気分なんだよ。それに、ほら、前に見たい映画が公開されるって言っていたでしょう?それとも、どうしても買わないといけないものでもあるの?」
「ううん、別にないから大丈夫」
月子の手をとり、ゆっくりとした足取りで映画館へと向かった。月子がみたいと言っていたのは、ラブストーリーだ。画面を見ながら、最近の流行ものだと大学の知り合いが雑誌を持ってきていたなあと思い出した。親によって離れ離れになった恋人が駆け落ちをする話。正直な話、郁は安直といえば安直なストーリーだったけれど、月子はいたくお気に召したようだ。
「やっぱりベタな奴が一番良いよね!」
「そう。それはよかった」
「郁は面白くなかった?」
「月子の表情が変わるほうが面白かったかな」
「……郁?」
にっこりと笑った月子に郁は肩をすくめると、機嫌をとるように月子の手を握る。
「次は、食事に行こうか。近くに良いイタリアンがあるって聞いたんだ」
「うん!」
嬉しそうに頷いた月子が、ふいに顔を顰めた。すぐに何でもないような顔をしたけれど、郁は見逃さない。立ち止まった郁に月子は不思議な顔。
「ちょっと、ごめん」
「え」
ぐっと彼女を持ち上げれば、小さく悲鳴をあげられた。
「何をするの、郁!下ろして!」
「なんだか人攫いみたいになってるねえ」
「郁!!」
すぐ近くにあった公園へと入り、ベンチへと彼女を下ろした。そうして、膝をつく。
「な、何」
「足、みせて」
「え、あの?」
「いいから」
ぐい、と月子の足をつかみ、見ると所々、赤くなっていた。
「あぁ、やっぱり」
「…なんでわかったの、痛くなったのだってついさっきなのに」
「予想はしていたからね」
郁の言葉に目を丸くした月子を横目に、郁はてきぱきと持っていた絆創膏を貼る。それを見ながら「ねえ、郁」月子はつぶやいた。
「もしかして、映画館に変更したのって」
「気まぐれ。それ以上でもそれ以下でもないから」
「……そっか」
「なに、笑っているの」
「郁の照れ屋」
「なにそれ」
憮然そうな顔をすれば、月子は「郁はやっぱり優しいね」とくすくすと笑った。
「僕が優しいだって?」
心外だ、といわんばかりの態度でそういえば月子はしたり顔。なんとなく居たたまれない。負けた、郁はため息をついた。

「僕が優しいとしたら、それはきっと相手が君だからだよ」
なんだかんだで、郁はこのお姫様には大層、弱かった。


 

郁の背の高さは馴れないヒールでぐらぐらする月子を支えるためにあるんだって信じている。 こう「歩きにくい…!」みたいに四苦八苦している月子に「さっさと掴りなよ」とか言ってあげればいいんじゃないかなとかかってに想像してwktkしてる。

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