染まりきるまでどこまでも

「月子が星を好きになった理由って何?」
思い出す切欠は、そんな羊の些細な言葉だった。

月子が星に魅了された原因(というとなんだかものすごくネガティブなイメージな気もするけれど)は、錫也だ。
時は小学校低学年。理科の時間の宿題で、天体観測をしましょうと星座早見板が配られた。小学校に入ったばかりの月子はそれを見たときに黒い神に黄色い点と線が書いてある、くらいにしか思わなかった。こんなのわからないよ!と泣き言を言った月子に「仕方がないなあ、俺が教えてあげるよ」と錫也が笑ったのを今でも覚えている。
その日の晩、夕飯を錫也の家でご馳走になり、促されるままに錫也の家の2階にあるベランダへと上った。季節は冬だったから、とても寒くて、月子が「寒い」と文句を言ったら錫也は持ってきていた毛布を月子にかけてくれた。月子は月子でそれだと錫也が寒いから、と結局、毛布は半分こずつで使うことになった。錫也が壁にもたれかかり、錫也の足の間に月子が座る。月子の耳に錫也の息がかかるくらいの距離。これが錫也以外の人間であったら、月子は緊張しただろうけれど、月子の体を支えているのがほかの誰でもない錫也だったからこそ月子は安心していた。

「ほら、月子。見てごらん」

星座早見板とにらめっこをしていた月子をやさしい声が顔をあげるようにと指示する。
「星は地面じゃなく空にあるんだからね」
言われるがままに顔をあげれば、そこには真っ暗闇の中、光り輝くもの。うわあ、と歓声をあげた月子に錫也は小さく笑った。そうして、月子の指をつかってある1点の星を指した。

「あれが、木星」
「もくせい?」
「授業で習っただろ?水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星」
「えっと…太陽から近い順の?」
「そうそう、よく覚えていたね」
「凄い!きらきらしているね」
「太陽から近いからね」
「じゃあ、あの下にある小さい星は」
「あれはフォーマルハウトじゃないかな」
「へえぇ…全部の星にちゃんと名前があるんだね」
「そうだね」
「ね、錫也。暗闇に目が慣れてきたら、小さな星がいっぱい見えるのね。私、ぜんぜん知らなかった!」
上をずっと見ていると、まるで星に手が届きそうな気がしてくる、と月子が言えば錫也はそうだねと微笑った。

「そっちばかり見るんじゃなくて、こっちも見てごらん」
「え?」
「こっち」
錫也が指差す方向には、きらきらと力強く輝く星が一点。
「あぁ、少し雲に隠れて見にくいかな」
「ううん、見える!木星よりもきらきらしている!」
「あれがね、シリウス」
「へえ」
「シリウスという名前には“焼き焦がすもの”という意味があるんだ。その名のとおり、今、この星の中では1番明るいだろう?」
きらきらと輝くシリウスに、錫也の優しい声。

月子が星に興味を持つのは、それで十分だった。



「なんか、面白くない」
「右に同じく」
手に持っていたおにぎりにがぶり、と噛り付いて羊は不満気に呟いた。それに同意したように頷いたのは哉太。

「え、何?なんなの?」
おろおろとした月子に錫也は「お前は知らなくていーの」と月子の頭にぽん、と手を置く。

「あー、やだやだ。みせつけないでよ!」
「余裕のない男は嫌われるぞー?」

そういいながら、羊たちに向けた笑顔は1番輝いていたとかいなかったとか。







***

別れる男には花の名前をひとつ教えなさい。花は毎年必ず咲きます。

本の一節だ。読んでいたときはなんと女々しい、と思ったものだけれども確かに、言われて見れば納得できる。花を見るたび、男は女を思い出すだろうと。いい案だ。ただし、それを錫也が実践するには、いまいちだ。それならば、と錫也は思いついたのだ。

花に代わり、星の名前を教えればいい、と。
花が毎年咲くように、星も季節を追い続ける。きっと月子は、錫也を忘れない。星を見るたび、思い出すのだろう、と。我ながら良い案だったと思う。錫也の予想通り、月子は星の世界にどっぷりと嵌り、錫也の教えた知識を乾いたスポンジの如くに吸収しようとする。

「我ながら、あくどいな」
自分の狡賢い部分に呆れながらため息をつけば、月子が
「何が?」
と首をかしげていた。それに柔らかな笑みを返し、なんでもないよ、と錫也はなんてことないように微笑んだ。


 

正直な話、短編で視点が別れるのはどうよと思ったがこうでもしないと黒い錫也が出てこなかった。 というか「別れる男には…」云々は川端康成だった気がするがよく覚えていない。台詞があっているかどうかも忘れたという。 んー、なんだっけなあ…

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