鮮やかな憂鬱

ふわん、独特の甘い香りが鼻腔を擽る。
吐き気すら催しそうなくらいのその匂いは胸を焼きつける。あまったるい、と噎せ返りそうになるのを必死に耐え、隠しながら笑みを浮かべることを身に着けたのはいつだろう?変わるということが恐ろしくなったのはいつだろう?わかりきっていたことだ。わかりきっていたことだった。ほんの少し前までは青々と茂っていたはずのこの想いという実も収穫時期が過ぎてしまえばただのゴミ。さらにそれを超えてしまえば、有害物質にしかならない。捨ててしまえ、理性がそういったとしても、簡単に捨ててしまえるものではなかった。ただその果実が腐り、地面に落ち、人に踏まれるのを見るしかないと思っていた。


この想いは、既に腐り、果実はぐずぐずと膿んでいる。


 嗚呼、本当に悪い男に捕まったものだ、と錫也は思う。幼馴染の欲目だといわれようとも、錫也は月子が人一倍、優しいのを知っている。いつだって他人のことばかり考えて、月子の心はいつだって他人のためにあった。それに比べて錫也はどうだろう?いつだって自分のことしか考えられない。哉太や月子の心配をするのだって、結局は自分のためだ。自分が安心して暮らせるように、テリトリーを守るために必要なだけで。

(嫌になる)

何でこんな自分のことを月子は「好き」というのかがわからない。月子のことが不可思議にすら思える。幼馴染というのならば、哉太だっていたはずだ。哉太は錫也とは違って心底、優しい。錫也のように捻くれてはいないからとても素直だ。月子が怪我したときだって、月子がいたそう、とそう言って月子よりも先に泣いていた。懐かしい。昔を思い出して思わず笑った錫也に「どうしたの、錫也」と月子の声がした。
「保健係の仕事は終わったのか?」
「うん、一応。あっ!ねえ、錫也、聞いてよ!星月先生が茶を淹れてくれっていうから淹れたのに“いつもと代わらずに不味いなあ”って!酷くない?だったら淹れさせなければいいのに!!」
地団駄を踏みそうな月子の勢いに錫也は「うーん」とお茶を濁す。なんだかんだと毎回恒例行事と言ってしまえばすむことなのだが。それにしても月子に茶を頼むとは星月先生も勇者だな…と思っていると、考えを読まれたのか月子に睨まれた。
「そんなに、私の不味―い!お茶を飲みたいの?」
「え、いや、俺は……入れてやるから大人しくしておきなさい」
「もう!みんなして馬鹿にして!」
甚く憤慨したような月子に錫也は思わず噴出した。
(変わらない)
「なに?」
「いや、お前、本当に変わらないな」
「…そう?毎日会っているから変化がわからないのかもよ?」
「そうかもね。でも、俺にとっては変わらないなって思ったら嬉しくなったんだよ」
「錫也は変わらないほうが嬉しいの?」
月子の言葉に錫也は曖昧に笑みを浮かべた。月子は「それは別段悪いようには感じないけれど」と前置いてから首を傾げた。

「でも、錫也も変わらないよ」
「そう?」
それは必死にそう装っているだけ、なんてことを言えないままに目を細めれば月子はうなずいた。
「だって、錫也は優しいもの」
「俺が?」
「いつだって錫也の心は錫也以外のために使われているもの」
それは月子だろ、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。ぐずり、肺の奥で果物が腐る音がした。ふわり、ふわりと甘ったるい煙が肺一杯になって苦しい、苦しい。
「……思い違いだよ、俺はそんなに立派な人間じゃない」
「それでもいいんじゃない?だって、まだ錫也は17歳だよ?」
当たり前でしょ、そんな出来ている人間なんているわけがない、そういって笑った月子に呆気に取られた。言われてみれば、こんな年齢で人間が出来ているほうがおかしいのかもしれない。
「錫也は考えすぎ。もっと気を抜いたほうがいいよ」
「…月子が抜きすぎなんじゃないかな」
「酷いっ!」
「はは、うそだよ。ありがとう、元気が出た」
「本当?良かった」
ほっとしたような顔をした月子に錫也は(やっぱり)と思う。
いつだって月子の心は誰かのためのものだ。こちらが、心配になるくらいに。唇を月子のソレと重ね合わせれば、月子の頬にぱっと朱が散った。
「な、なな、何!?」
「お礼のキス?」
陸に上がった魚のように、唇をぱくぱくとさせている月子に錫也はもう一度唇を重ね合わせた。ぐずり、肺の奥に燻る煙を共有するように。




 

錫也は抜け目ないかんじ。そんなイメージ。というかもしかしたら私凄く錫也が嫌いなんじゃないかというぐらいに 悪く書いているような気がする今日この頃。なんでこんなにイメージが歪むんだろう。愛ゆえ?というかこんな愛 の形はありですか?あ、そんな目でみないでー!!^p^
もうそろそろ愛想を尽かされそうだとひとりでビクビクしている今日この頃。

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