致死量のアムール





錫也の好き、と月子の好き、は違うようなそんな気がする。
正確にいうのであれば、気がする、ではない。錫也は知っているのだ。錫也の好きと月子の好きが全く持って、違うということを。
恋愛対象として見ていない、というわけではない。月子に愛されていない、とおもっているわけではない。
彼女と付き合いだし、そうして恋人となって、それからというものの、月子は錫也を大事にしてくれている。他の、誰よりも気遣い、そうして愛してくれていると錫也はそれを実感している。

――――――――けれどそれは、錫也の好きとは違う。

世の中というものはギブアンドテイクで成り立っていると言うのに、与えられたものをかえせないだなんていうことは本当はあってはならないということを錫也はわかっているというのに。
酷いとすら、思う。月子のことが嫌いなわけではない、そうだとしたのならば錫也はきっと月子と恋人にはならなかっただろうし、そもそも幼馴染だからといってこんなにも傍に居るだなんて愚行はしなかっただろう。むしろ、その逆だ。好きすぎて、だからこそ、変な方向へと歪んでいってしまった。はじめこそ、どうにか修正しようとした。彼女の優しい愛のように美しく、優しく出来ればと。
けれど、どうしたって、錫也は月子を大事にすることが出来ないのだ。
彼女自身のためを思って、そうしてそうであるのならば錫也は月子を離してやるべきだというのに。

「月子」
心の中で、ごめんとそう言った。それを隠すように、錫也が今、この腕で抱き締めている少女の名前を呼ぶ。出来ることならば、響きだけでも優しくなれればいいとそう願いながら。
己の恋人の名前であり、そうしてずっと大事にしてきた女の子の名前は、けれども、悲しい音になる。
愛しいと確かに思っているはずだというのに、そうだというのに、どうしたって錫也は彼女を大事にすることが出来ない。気を抜けば、いくつもの言葉を言いそうになる。
「俺以外と、喋らないで」「俺以外、誰も見ないで」「俺以外の声を聞かないで」
止まることのない、自分勝手な願い。
これらのいくつもの言葉は、彼女の彼女らしさを奪うと錫也はしっているというのに、どうしたって、嫌な物は嫌で、その感情はぐずぐずと錫也の中に溜まって行くだけで。どうすることも、出来なくて。

「錫也?」

いきなり、月子を抱き締めた錫也に驚いたのか。月子が身じろぐ。
「どうしたの、いきなり」
「お願いだから、もうすこしこのままで」
「……何か、あったの?」
気づかわしげなその声に、見なくとも今、彼女がどんな顔をしているのかがわかって錫也は苦笑する。
きっと、眉をよせて、心配です、という言葉を前面に出しているだろう彼女が、目に浮かぶ。
錫也は、彼女の頭に頬をすりつけるように、抱き締めた。身長が著しく違うせいで、月子の身体はすっぽりと錫也に囲われてしまう。
まるで、錫也自身が、檻のように。
(――――あぁ、どうして)
そのことに気がついて、錫也は愕然とする。
まさに、錫也は檻というにふさわしいのだろう。小鳥は空を自由に舞うから、美しいというのに、こうして檻の中へといれられてしまえばどうしたって、鳥は、鳥のままでいられないというのに。

「月子」

ごめん、という謝罪の言葉を口にすることが出来ないのは、錫也が愚かではないからだ。
檻の中に、閉じ込められていると鳥が気が付いていないのであればそのままの方がいい。
心の中で、そう計算している自分に吐き気すらしているはずなのに、けれども錫也はどうしたってそれをやめることはできない。
こんなにも、彼女は見返りのない愛を錫也に注いでくれているというのに、どうして錫也は彼女を大切にすることが出来ないんだろうか。

「ねえ、錫也?」
ほんとうにどうしたの、と心配そうに問う月子に錫也は「なんでもないよ」とそう言った。
「ただ、こうしたら、安心出来るんだ」
「……?」
「お願い、もう少しだけ、このままで」
「仕方がないなあ」
何も知らないで、月子はそういって、錫也の我儘を赦した。
いつもそういって、月子は錫也を赦す。何だかんだと錫也を愛してくれている彼女はいつも錫也のことを考え、そうして優しくしてくれる。無条件に、愛を注いでくれる。

――――――けれど、錫也は?

錫也は、どうしたって、何度ためしたって、自分のために月子を愛しているような、そんな気がする。
月子に優しくすれば、月子が自分に優しくしてくれるに違いない、そんな打算。それに月子が気がつかれるのが恐ろしくて、気がつかれなかったとしても、月子が錫也から離れるのではないかとおもうと不安で、不安で。
いつも不安に苛まれる錫也が、この瞬間だけ、月子が錫也の腕にいる間だけは安心できるといったのならば、彼女はずっと、錫也の腕の中に居てくれるだろうか。どうしようもない願いを抱いたまま、縋るように、錫也は月子を抱き締める腕に力を込めた。



いつか、このアムールが、致死量を超える、その時を待つように。





 

久しぶりに錫也。だがしかしペーパー再録っていう微妙な感じ。

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