そもそも、王子と家来、というのが始まりだった。

それが良いのか悪いのか、と聞かれてしまえば困るしかない。そもそも、本当に自分に家来なんかが出来るはずがないと思っていたのだ。けれどそれは、夢だったから。男ならあたって砕けろ!という信念の元、当たった結果、得られたのが春歌という家来だったというわけで。
とはいっても、家来が出来たのは初めてのことだったので何をすればいいのかがわからず、結局は友達になった。王子、と呼ばれるのが気恥ずかしいといえばじゃあ、二人だけの時にしますね≠ニ無邪気に微笑む春歌に無駄にときめいてみたり。けれど、友達だと思っていたのは俺だけで、どうやら春歌は違ったらしい。
春歌にとって、俺は王子≠ナ自分は家来≠セったのだ。
それを知った時には、すでに友達感覚だったから、本当に春歌が俺を王子として尊敬していてくれるんだーとかそう思うと何だか感動してしまうというか。こういう素直さだとか、好きだなあと思ったのを覚えている。よくよく考えれば、結構前から俺は春歌が好きだったんじゃないだろうか。

「……懐かしいなあ」
「?何が、ですか?」
きょとんとした顔で首を傾げた春歌に俺は笑った。
「学生の頃を思い出してたんだよ」
そう、もう今は学生ではない。卒業オーディションで優勝して、俺はアイドルになり、春歌は作曲家になった。まだ駆け出しだけれど、確実に夢へは近付いている。
「お前、全然変わんねえなあって」
「そう、ですか?それって、褒められているような気がしないです」
複雑そうな顔でそう頬を膨らませた春歌に俺は声をあげて笑った。
「褒めてんだよ」
「本当に?」
「なんだよ、俺様の言うことを疑うのかよ。そんなことをいう奴にはこうしてやるー!」
わしゃわしゃと春歌の髪をぐしゃぐしゃにしながら撫でる。春歌は悲鳴をあげてみせたけれど、実際は嫌がっていないのだろう、甘んじて俺の手を受ける。
「……なんていうか、酷いな」
「酷い!翔くんのせいなのに!」
出来あがった髪がたに感想を一言いえば、春歌はむっとした顔をした。手櫛でなんとか整えようとしているのを見かねて、持っていた櫛で春歌の髪を梳いてやる。折角だから、何か編み込んでみたりしても楽しいかもしれない。そんなことをいいながら、春歌の髪を弄っていればふいにぽつりと春歌が呟いた。

「翔くんは、どんどん変わっていっちゃいます」
「そう、か?」
心もとない声に目を瞬かせる。特に、変わっているようなつもりはない。今も昔も歌うのが好きで、春歌のことも好きで。
「翔くんは、どんどん恰好良くなっちゃうから」
「……。そりゃ、どうも。お前だって、」
日に日に可愛くなっている、と言いかけて、その台詞が物凄く恥ずかしいものであることに気がついて慌てて飲み込んだ。何を言ってるんだ、俺は!

「家来としては、王子様が恰好良いのは嬉しいことなんですが」
「……は?何、お前。まだ俺の家来のつもりだったの?」
「え、違うんですか?」
きょとんとした顔をしたかと思えば、すぐに春歌は寂しそうな顔をした。
「そうですよね。私じゃあ、翔くんの家来には相応しくないですよね…」
「いや、そうじゃなくて。だって、お前、俺の恋人、だろ?」
何を言ってるんだよ、と言えば春歌は「そうですけれど」とそう言ってから俺の手を握った。
「私にとって、翔くんはいつだって王子様ですから」
「……」
なんていうか、どうしてこう、コイツは無邪気というか天然というか鈍感というか。これはもう体で解らせたほうが早いだろうと握られていた手を掴み、引き寄せる。
近付いた唇に触れるだけのキスをして、耳元で囁く。

「王様と家来じゃ、こんなコトできないだろ?」

にっと笑って春歌の顔を覗きこめば春歌はぽかんとした顔をして、それから顔を真っ赤にそめた。それに噴き出す。この反応は、悪くない。むしろ、気分が良い。上機嫌なまま、俺は春歌を抱き締めた。ふわりと甘い香りと優しい温度。この温度が手に入るのなら、王冠なんていらなかった。


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