お前がコレを読んでいるということは、俺はもう此処にはいないということだろうか。

きっと、そうなんだろうな。だって俺は、この手紙を翔に託すつもりだ。もしも俺が消えたらこの手紙を渡してくれと、そう頼むつもりだ。ついでに言えば、那月にも手紙を書いて翔に渡したから、もしかしたらそっちを先に読んでいるのかもしれない。そうか、翔にあっちの手紙を先に渡すように後で言っておく。

それにしても、こんな風に手紙を書くのは初めて、だな。何を書けばいいのか、何を伝えたいのかを本当は、迷っていた。たくさんの謝罪を俺はするべきなんだろう。いつだって俺は、お前を傷つけてきた。お前があの女に似ている、という理由だけで那月を傷つけると判断して、お前に辛くあたってきただろう。気が付いているかもしれないが、あれはわざとだった。お前に嫌われて、那月から離れるようにと仕向けたことだった。

そうだっていうのに、お前は俺に食いついて、俺の要求することをいつだってクリアしてくる。普段は大人しくて、おどおどしているくせに、音楽のことになると途端に貪欲になるし、我儘になる。お前の作るメロディーは妙に中毒性があって、そのくせに優しくて温かくて。最初、それを聞いた時には驚いた。那月がよく僕のミューズ≠ニそう言っていたのはこういうわけかと。これでも、那月も俺も音楽≠ノ対して求めるレベルはこれ以上ないくらいに大きい。きっとこの学園の中でも俺を…いや、俺達を満足させることが出来たのはお前だけなんだろう。今なら言える。すまなかった。

お前だけではなく、本当は那月にも謝らなければいけない。

俺はお前を守るために存在している那月の影。そうだというのに、俺はお前を愛してしまったんだ。いつの日か、一人の男として。可笑しいだろう。俺だって、初めて気がついた時には困惑した。砂月という人格に馴れて、もう一人のパートナーとして慕ってくれるお前にいつの日か恋をしていた。お前が俺の名前を呼ぶ声が聞こえれば胸は高鳴ったし、お前の笑顔を見ることが出来れば気分は良かった。……本当に、馬鹿みたいだろう?

あぁ、そういえば俺が消える本当の理由を言っていなかった。確かに、俺の存在が那月を圧迫するっていうのも理由のひとつ。けれどそれは結果論で、根本の原因がある。

それは、俺が那月を一瞬でも踈んでしまったってこと。

こんなこと、言おうものなら那月は泣くだろう?だから、言わない。狡いだろう?俺はいつだって、狡いんだ。だからお前も言うなよ。さっき言ったように俺はお前に恋をしてしまった。そうして、同時にお前の心の中に居る那月に嫉妬してしまったんだ。お前の中の那月が、どうにか俺に変わらないかってな。
今まで、俺は影に居ることを望んで外にはでてこなかった。影で良いとそう思っていた。けれど、お前に出会って光になりたいとそうおもってしまった。お前が好きだった。お前と恋人になってみたかった。お前に愛しているといわれてみたかった。そんな思いを持ったせいで、体が圧迫されたんだ。欲をだせば天罰がくだるって知っていたはずなんだけれどな。


―――――あぁ、何でだろう。お前の泣きそうな顔が目に浮かぶ。俺が居なくなったらお前は泣くのかな。泣いてくれるか、那月のためではなく俺だけのために。それならそれで、このまま消えてもいいかな、なんてそんなことを思えてしまうんだから、本当に恋というものは恐ろしいものだな。でも、やだな。消えたくない。もっとお前の歌を歌いたい。俺の歌でお前の夢をかなえてやりたい。お前と一緒に未来を歩いていければ、どんなにか……。

――――――嘘だよ。

いままで書いたことは全部、うそ。忘れてくれ。ぜんぶ、ぜんぶ。俺のことなんか忘れてしまえ。砂月という名前も、存在も、全部全部。これは夢。泡沫の夢だ。目が醒めればきっと覚えていない。砂で作った城が次の日には海の波にさらわれ消えるように。お前の隣には那月がいる。幸せになれ。幸せになってしまえ。愚図で馬鹿でお人好しのお前らが幸せになれなくて、誰が幸せになるっていうんだ。愛している。俺は、お前たちが好きだ。だから、きっとお前らが幸せになってくれているのならば俺は幸せに



「馬っ鹿みてぇ」


ぐしゃり。

書いた手紙を丸めて、それから誰かに見られる危険性に気がついて破ることにする。ぐしゃぐしゃになった紙を広げ、歪んだ文字の[愛してる]を、ひとおもいに破り去る。何度も、何度も破る。この想いは、決して届いてはいけないものだから。けれど、だからといって消すことも出来なくて、砂月が出来るのは彼女と、そうして彼の幸せを祈るだけということにはかわりがない。はあ、と溜息を吐いて染みひとつない天井を見上げる。

「好きだよ、春歌。……愛してた」

破った紙片が、まるで白い花弁のようにヒラヒラト宙を舞って落ちていくのを見ながら砂月は小さく嗤った。届くことのない言葉だからこそ、口に出来るなんて実に滑稽な話だった。



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