*「いちばんは君のもの」の3章と4章の間の話。砂月前提の龍春。むしろ龍也→春歌




「片思いは校則違反ではないでしょう、先生」

そういって笑った少女に七海春歌という女子生徒は、こんな生徒だっただろうかと龍也はそんなことを考えてしまった。彼女は、どちらかといえば内向的で、調和を重んじる生徒だ。そんな彼女がわざわざ恋愛禁止≠フ校則を破るとは思えず、思わず渋面をしてしまう。タレコミがあったのだ。砂月と春歌が抱きあっているのを見た、というもの。だからこそこうして真偽を確かめるために、七海と四ノ宮を呼び出したわけで。

言葉巧みに四ノ宮を学園長室から追い出すと、七海は再び学園長へと向き直った。

「確かに私は砂月くんに恋をしているのだと思います。けれど、その前に私は作曲家でもあるんです」
「ほお、それで?」
「学園長は砂月くんの歌を聞いたことがありますか?」
「モチロンでーす。とってもいい声ねー。上手、上手」
「確かに、砂月くんは上手です。技術面も、そうして気持ちも。情熱的で、荒々しくて……きっと、彼がアイドルになったらそのワイルドな魅力で女性を虜にするはずです」
けれど、とそう言ってから七海はじっと学園長を見た。学園長からは、威圧感がずっと漂っている。怖くないわけではないんだろう。よくよくみれば、彼女の手は震えている。そうだというのに、弱音を吐くわけでもなく彼女は立ち向かうのだ。その姿は、恰好良いと賞賛すべきに値する。

「―――――けれど、まだ足りないんです」
「……ほほう、それは何だと思うのデスカ?」
厳しい顔をしてみせているが、内心では面白がっているのが長い付き合いである龍也にはわかった。全く、と溜息をつきたくなる。
「愛、です」
躊躇いなくそう言い放った春歌は言葉を続ける。

「もしも、彼が運よくデビューてきたとしても曲がヒットしたとしても、いつかはマンネリ化してしまう可能性があります。私は、それを避けたいと考えています」
そこまで言うと、春歌はふっと目を和らがせた。ドキリとするくらいに色っぽい仕草に思わずはっとする。

「自信家のくせに、妙に卑屈で……傲慢で、それでいて誰よりも優しい。そんな自分を知らない人。自分の魅力を本当にわかっていない人。私は、教えたいんです。そんな彼だからこそ、愛してくれる人がいるっていうこと。例えどんな彼であろうと、受け入れる人がいるということを」
「むむぅ」
腕組をして考え込む素振りを見せた社長に全くしゃーねーなあ、と苦笑したくなる。心の中ではもうとっくに二人を赦しているはずだっていうのに、上の立場だというのは面倒で、中々許可をだせないらしい。
「俺からも頼むよ、社長。アイツはきっといいアイドルになると思うぜ……こいつもな」
言いながら七海の頭を撫でてやれば彼女は一瞬キョトンとした顔をしてからはにかんだような笑みをみせた。あぁ、成程。砂月もこの笑顔にやられたのか。
「何だかラブい空気を感じマース」
「はっ!?何言ってんだよ、馬鹿じゃねえのか!」
「……龍也サーン?アイドルは恋愛禁止デース」
「そんなん知ってるわ!」
「あ、あの?」
取り残されている七海にはっとして、慌てて咳払いする。社長が変なことを言うせいで取り乱しちまった。何だか妙に社長がにやにやしているのも気に食わん!

「ここまで言われてしまえば仕方ないデスネ。ま、特例で見逃しまショーウ。私も四ノ宮には期待しているのデース」
「あぁ、ほら。良かったな。ほら、行くぞ」
七海の手を引き、学園長室から立ち去る。小せぇなあ、とその手を掴みながらふと思った。この手でいろんな曲を作るんだから、本当に不思議だ。裏庭に連れて行き、ベンチに座らせる。途中で買った紅茶の缶を渡してやれば七海は目を瞬かせた。
「なんだ、コーヒーの方が良かったか」
「いいえ。……ありがとうございます」
にこりと笑んで、彼女は缶に口をつけた。それから戸惑いがちに「あの」と首を傾げる。
「庇っていただいて、ありがとうございました」
「……。担任なんだから当たり前だろ」
「迷惑をかけるつもりはなかったんですが」
そういって曖昧に笑みを浮かべて、ほんとうは、と彼女は話す。
「私、学園長先生と取引をするつもりで行ったんです」
「……取引?」
「もしも、彼が卒業オーディションに優勝できなかった場合、私は作曲家をやめます。夢を諦めて、そうして砂月くんの前から消えますって。そう言うつもりだったんです」
その言葉に目を剥く。まさか、彼女がそんなことまで考えているとは思わなかったのだ。そこまで、砂月のことが好きなのか、と思うと同時になんとなく心に靄ができたような気がして龍也は眉を寄せる。

「お前はそもそも、校則を破っちゃいねえだろ」
「…え?」
「お前は恋愛≠していない。片思いまで、俺たちは禁止したわけじゃねえんだぜ」
「そう、ですね」
「それなのに、俺たちはお前らを退学にするなんてこと出来るわけねーだろ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でれば、七海は泣きだしそうな笑みで笑った。
「でも、この気持ちは変わりません。私は、砂月くんに賭けてます。彼はこの学園で一番の才能の持ち主です。もし、彼が優勝できないのならば私の実力不足のせいです。それなのに私が砂月くんの傍に居ていいわけがないでしょう?だから、私は……」
そこまで言って、七海は言葉を止めて立ち上がった。
「すいません、こんな事を話すつもりじゃなかったんです。でも、先生があんまりにも優しいから」
泣きだしそうなくらいに儚い笑顔を浮かべて、七海は頭を下げる。思わず彼女を抱き締めようと伸ばした手に気がついて、それを彼女の頭を撫でるものへとかえる。彼女は笑って、そうして龍也に背をむけて歩き出す。きっとその先には四ノ宮がいるのだろう。ふう、と溜息をついてベンチに背をあずける。そうして、残っていたブラックコーヒーを喉に流し込み、その苦さに顔を顰めた。

「――――――あぁ、くそ。苦ぇな」


もっとも、どんな飲み物であろうとも今の龍也では苦くなっただろうけれど。

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